2007/01/27

サンタクルーズのラジオに出演

サンブルノに来ています。サンフランシスコのちょっと南、空港の近くの住宅街です。私たちを暖かく迎え入れてくれたのはコスタとホリス。私の著書『デニスクシニッチ——アメリカに平和の大統領を』にも出てくる精神世界と平和運動をつなぐステキなカップル。

ホリスとコスタ JPG

クシニッチ議員の支持者で、友人のホリスとコスタ(Hollis and Kosta)

ホリスはフリーラジオサンタクルーズのDJをやっていて、昨日は彼女の番組にあの女優のミミ・ケネディー(奥様は魔女のヒッピーぽいお母さん役)さんと一緒に30分間生出演しました。ミミと私は平和省創設運動やクシニッチの大統領選挙を一緒に応援したときからの友だちで、今はアメリカ民主党の中のProgressive Democrat(先進的民主党?)で活躍しています。

いつもホリスの番組は精神世界の話が中心なのに、ミミと私はかなり政治的な(イラク戦争の犠牲や平和省に関連した)話をしました。ホリスは「たまにはこういうのもいいでしょう」と私たちに自由に話させてくれました。

3人が一致している点は、「対テロ戦争」には誰も絶対勝てない、なぜなら戦争(より大きい暴力)でテロ(暴力)がなくなるはずがないから、ということ。だから平和省(アメリカでは非暴力平和省)が必要なのよね、というところで盛り上がって番組が終わりました。

番組の最後にホリスがいつも祈っていることを3人で一緒に唱和しました。こんなフレーズです。
"May the hearts and minds of those in power be turned to the good of the earth and its people, or may they be removed from power immediately and permanently."
権力者たちの心と頭が地球とそこに生きる人々の良きことのために働きますように(うまく訳せないけど、だいたいいこんな感じ)。そうでなければ、すぐに権力の座から永久に離れますように。

この祈り(マントラ)はとてもいい。短いけど、非暴力的でしかも的を得ている。

昨晩は平和省創設運動に尽力するPeace Allianceのメンバーが集って、ささやかなパーティーをしてくれました。アメリカ人でブッシュ大統領をサポートしている人は本当に少ないです。(支持率が30%を切っていますね)そしてなんとかこの国の民主主義をより健全なものにし、政府にもっと非暴力の外交政策を実行させようと尽力している人たちがたくさんいます。

こういう人たちを知れば知る程、アメリカが好きになります。
明日はサンフランシスコでイラク戦争終結を求める集会とデモがあります。ワシントンDC、ロスでもあります。東京ではワールドピースナウがシンポジウムをしていますね。どこも大盛会でありますように。

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2007/01/25

♪ モントレー松の森を守る人—ディヴィッド・ディルワース ♪ - 11分37秒 - 2.7 MB

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サンフランシスコに北上する途中、玄さんの古い友人のディヴィッド・ディルワースさんの住むパシフィックグローブという海岸沿いの小さい町に寄り、彼の築80年(アメリカでは古い方)の立派な家に一泊させてもらいました。

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ゾウアザラシの群れ モントレー郡にて

彼はペブルビーチゴルフから絶滅危惧種のモントレー松を守っている人です。今日はその森に連れて行ってもらいました。このゴルフ場の最大の株主は、日本でも有名な俳優で最近は『硫黄島からの手紙』などの映画監督でもあるクリント・イーストウッドさん。彼はカーメル市の市長でした。市長としての評判は、環境活動家であるディビッドさんによればあまり良くありません。日本もそうですが、ここアメリカでも名の売れたタレントや俳優が政治家になるんですね。

ディビッドさんたちはHOPE (Help Our Peninsula Environment)というNGOを作って、この地域の環境と民主主義を守ることを目標に活動しています。最初、「環境と民主主義」と聞いたときは、なぜ?と思いましたが、市の開発計画が決定する前に広く市民に知らせ、市民を参加させて、その計画を必要があれば止めたり変更したりすることが主な活動と聞くと、なるほど、と思いました。ちょうどグリーンピースなどが日本でもやっていることをローカルに、このモントレー半島に限定してやっているのです。

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森の生態系についてレクチャーする - ディビッドさん

HOPEは訴訟を起こしたり、法案などを作り、地元のメディアを巻き込んで、乱開発からこの地域最後の森を14年に渡ってゴルフ場開発から守ってきました。モントレー松は日本の松よりも背が高く、樹齢200年ぐらい(樹によっていは80−100年ぐらい)で枯れます。樹には3つの段階があり、最初の段階は生きていて立っている樹(0年から100〜200年ぐらい)、次が立ったまま枯れている樹、そして枯れて倒れている樹だそうです。それぞれの段階でそこに生息する生物が違います。

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モントレー松の中でディビッドさんの話を聞く

例えばキツツキは堅い生きて立っている樹より枯れて立っている樹を選んで巣穴を開けるそうです。枯れて倒れた樹には野ネズミやダンゴムシをはじめとした様々な虫が住んでいます。生きている樹にはまた違う野鳥たちの住処です。

森をゆっくり散策しながら、森の生態系やいろいろな共生する植物や動物や野鳥たちのことを教えてもらいました。子どもたちにとっても素晴らしい体験となりました。子どもたちが1時間以上も起伏のある森の中を全く自由に歩き回ったことにディヴィッドさんはとても感心していました。(私たちも毎日森の中で生活していますから、当然かもしれません)。

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子どもに森の生態系について教えるディビッドさん

日本人として、ここの森を守るためにできることがありますか?と聞いたら、クリント・イーストウッドの映画を観にいったら「クリント・イーストウッドさんがモントレーの森を守らないなら、もう彼の映画を観ません」と映画館や関係者に伝えてほしい、とのことでした。

偶然ですが、ここに来るちょっと前に、フランクさんと一緒に『硫黄島からの手紙』をロスで観たばかりでした。このことを知っていたら、映画館に伝えたのに!

ディビッドさん、今度は私たちの築200年の家とその周りの竹林と杉林と雑木林を観に来てくださいね。彼のインタビューは、タイトルをクリックすれば聞けます。

HOPE (日本語)

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♪ 『戦争中毒』を高校の授業で使った最初の人 ♪ - 19分31秒 - 4.5 MB

PodCast GIF

アメリカで『戦争中毒』を高校の授業で使い、全校生徒に配った最初の人をインタビューすることができました。いつも私が講演の中で「ロサンゼルスのフェアファックス高校の先生が『戦争中毒』を教科書として使うために500冊買ってくれました」と話していたその先生(名前もどこに住んでいるかも、知りませんでした)についに会うことができました。

彼の名前はジョン・コリアーさん。フェアファックス高校の社会科の先生で世界史とアメリカ史を教えています。今ではフェアファックス高校の4人の先生が『戦争中毒』を授業で使っており、生徒の評判はすごくいいそうです。なんせマンガなので普通の教科書よりわかりやすく、アメリカの教えられていない歴史をマンガで学べるところが受けているのだ、と言っていました。

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ロサンゼルスを発つ前日、フランク・ドリルさんが私のことを知っている友人やご縁の人たちを呼んで小さなパーティーをしてくれました。料理は私が担当。手巻き寿司、みそ汁、ほうれん草の白和え、アボガドサラダ、クリームシチューを作りました(お料理は大評判でした。またやってくれ、とのリクエストが)。そのときにジョン先生も来てくれたので、インタビューすることができました。どうぞこのブログのタイトルをクリックして彼の話を聞いてください。

ジョンさんに続いて話してくれたのが『戦争中毒』のフランク・ドリルさんです。彼の家に滞在している間、朝から夜までひっきりなしに注文が入ってきます。そして週末はいろいろなイベントのために出かけていって本やDVDを販売します。フランクさんが今販売しているものは、4つあります。
1、本『戦争中毒』 10ドル
2、DVD『テロリストは誰?』 10ドル
3、DVD『アーリントンウエスト』15ドル
4、DVD『No More Victim』 (イラク戦争で傷ついた子どもたちを助けるためのプロモーション映画)5ドル(+子どもたちを助けるための寄付)

フランクさんは本当に働き者で、休む間もなくアメリカと世界の平和のためにがんばっています。彼と私を出会わせてくれた平和のための退役軍人会(VFP)に感謝します。

これから彼の作品をご縁の人に手渡しながら北上し、土曜日はサンフランシスコのイラク反戦デモに合流します。

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2007/01/23

アーリントン・ウエスト再訪

1月21日の日曜日、サンタモニカの海岸に行ってきました。ロスの観光名所の一つであるサンタモニカ・ビーチには人々が海岸まで歩けるボードウォークがあるのですが、そのすぐ横に、「アーリントン・ウエスト」(仮説の軍人墓地)が毎週日曜日にお目見えするのです。

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有名なアーリントン墓地はワシントンのペンタゴンに隣接した広大な軍人墓地です。以前そこにいったときはあまりの広大さに言葉を失ってしまいました。アメリカという国が数々の戦争でこれだけの戦死者を出しているという事実。アーリントン墓地は日本の靖国神社にあたるのでしょう。

イラク戦争では米兵の死者や負傷者の映像をメディアで報じることがタブーとなって久しいです。棺さえもダメ。そのことを憂えた平和のための退役軍人会の1会員がこの戦争の犠牲者を弔い、みんなにも思い出してもらう目的で「アーリントン・ウエスト」という仮説墓地を始めました。始まったのはサンタバーバラの海岸が最初です。

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そこからVFPの支部がある米国各地に広がり、ここロスではVFPロス支部がサンタモニカのボードウォーク横で毎週日曜日に行なっています。テントに行けば、Tシャツや映画『Arlington West』、フランクさんの『戦争中毒』『テロリストは誰?』などを買うこともできるし、さまざまな情報(マスコミは流したがらないもの)をもらうこともできます。

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スタッフは朝5時集合!始めた頃はまだ数百本でしたが、死者数は毎週増えて(十字架を作る人も大変!)今は3千本を越える十字架を砂浜に立てなくてはいけません。整然とならべなくてはならないので、縦横にひもで線を引いて1本1本砂にさしていきます。この作業はざっと4時間かかります。

兵士の名前がその日やってきた友人や遺族によって十字架に掛けられたり、最近では星条旗に巻かれた棺も登場(最後に片付けるのを手伝いました)しました。亡くなった兵士の名前、プロフィール、出身地や死亡した場所などが書かれたボードや、イラクの人々や町の様子や怪我をした米兵の写真の展示もあります。一番人だかりが多かったのは、手や足を失った若い米兵たちが件名にリハビリをしている写真の数々でした。泣いている人もいました。

2年弱まえにここに来たときは、確か1602本の十字架でした。それが3046と2倍近くに増えている。やりきれなくて、胸が苦しくなりました。そして、イラクで亡くなった人々は65万5千人と推定されています。彼らの分もお墓を建てたら、おそらく浜全体が埋まってしまうでしょう(実際、イラクの人々を示す月のマークのお墓と黒い棺もあり、そこにはそのような記述がありました。)

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映画『アーリントン・ウエスト』を撮ったピーターとサリーさんを、チャンスを見つけてインタビューしたいと思っています。

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2007/01/19

映画の街ロサンゼルスで A Single Woman

ロサンゼルスはハリウッドがある映画の街。今日は『戦争中毒』出版人のフランクさんのご縁で、パワフルな平和のメッセージを持った映画『A single Woman』を制作中の映画監督とその主演女優/原作者に会ってきました。日本語版を創りたい、ということで私たちに引き合わせてくれたのです。今日が初会合。

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主演女優をしているジーンマリー・シンプソンさんは、この作品の元になった2人芝居『A Single Woman』の脚本家であり舞台女優です。この作品は、アメリカ初の女性下院議員になったジャネット・ランキンの生涯を描いた物語。第1次世界大戦と第2次世界大戦に反対し、そしてその後のあらゆる戦争への米国の参戦に反対し続けた彼女は、政府の圧力やバッシングを受けます。世間は彼女を批判し、彼女は孤立します。しかしそうした困難の中でも一生平和主義を貫き、独身のまま93歳の孤高の生涯を閉じます。

しかし、アメリカ初の女性下院議員でありながら、アメリカ人のほとんどが彼女の存在すら知りません。私自身も初めて彼女のことを知ったのは、インターネットで送られてきた『A Single Woman』の予告編を観たときです。「ジャネット・ランキン」で検索しましたら、日本語で出版されている『一票の反対 ジャネット・ランキンの生涯』という本を見つけました。さっそく読んでみよう。

こんな卓越した女性がいたのに、アメリカの歴史から抹殺されているのはなぜか?———ジーンマリーの調査が始まります。それは彼女の残したメッセージが今のアメリカの政策に真っ向から反するからだ、と納得します。彼女の演説はまるでガンジーやマーティン・ルーサーキングの魂が乗り移って話しているようです。いや、違う、軍産複合体が全てを支配するアメリカにおいて、そのことを堂々と批判し、戦争の根本原因を繰り返し主張している点において、それ以上の迫力があるかもしれません。

最近のデモでも良くみるスローガン「Make Love, Not War」もランキンの言葉。なんせ、第1次世界大戦にたった一人で反対したのですから、キング牧師よりずっと先駆者なのですよね。

それにしても、これだけ活躍したジャネット・ランキンの名前をどうして一度も聞いたことがないのでしょうね?私の場合は不勉強だからだと思いますが、ここアメリカでもほとんどの人が知らない。そのことが女優で脚本家のジーンマリーの心を掴んだのです。(ジーンマリーは女性差別と彼女の歯に衣を着せぬ言い方がマスコミに嫌われたためだと思っている。確かにランキンがもう少し辛辣じゃなければ、キャピトルヒルに銅像が建っていたことでしょう。そんなことは彼女自身は望まないでしょうが。)

「ジャネット・ランキンの存在を知らせたい」「今のアメリカにこそ、ランキンのメッセージが必要」と、ジーンマリーは歴史に埋もれていた資料を掘り起こし、2人芝居『A Single Woman』を創作。そしてジーンマリーの白熱の芝居を観て感動したカマラ・ロペスドーソンさんが、ジーンマリーと意気投合し、メガホンを握ることに。

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この芝居は250回以上の上演を越えるロングランで、ついに今回の映画化となるわけですが、プロデューサー兼監督のカマラ・ロペスドーソンは、ご本人が女優でありながら映画監督もしており、多くの作品があります。2人とも美しく、才気あふれる女性たちでした。こういう女性たちと一緒に仕事ができるかもしれないのは、胸が躍ります。

今日は編集途中のクリップを見せてもらいましたが、ジャネット・ランキンがTVで右派のコメンテーターに揶揄され、攻撃されながら堂々と反論していく様子を観ているだけで、涙があふれてきてしまいました。彼女がどれだけ全ての戦争を防ぎたかったか、どれだけ戦死者を1人も生みたくなかったかが、溢れるように伝わってきて、私の一番奥にあるものと共振します。

人は生まれたら必ず死にます。だから殺してはいけない。殺させてもいけない。

しかし戦争(武力で脅すことを含む)が主な外交手段であるアメリカでは、平和主義者(パシフィスト)は叩かれ、バカにされる運命にあります。当時は今よりも酷い。まして政治家ならなおさら。

『A Single Woman』はこの夏完成予定。それまでに3万ドル(約360万円)の資金を集めなくちゃ、とカマラは言っていました。これから音の制作に入るのですが、それがとても高価なのだそう。音楽の著作権料は高いですからね。

完成したら、日本語版の制作にぜひ取り組んできたい作品の候補です。

そう、監督のカマラさんは『戦争中毒』の大ファンで、このアニメーション映画化にも取り組みたい、と言っています。両方(『A Single Woman』の日本語版制作と『戦争中毒』のアニメーション映画化)実現したらどんなに素晴らしいでしょう。実現させたい夢がまた増えてしまいました。

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左からフランク、カマラ、私、ジーンマリー


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2007/01/17

ロスに無事到着

無事ロスに着きました。入管も税関もスンナリ。空港を出るとフランク・ドリルさんが出迎えてくれました。彼の車は反戦のメッセージや『戦争中毒』のステッカーでいっぱいでした。まるで動く意見広告です。私たちが『戦争中毒』のアメリカでの出版をサポートし、日本語版の翻訳もしたご縁で家族ぐるみのつきあいが続いています。

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サンフランシスコの教育委員会が『戦争中毒』を高校の歴史の副読本に全会一致で採択したことはこちらでも反響があり、ニュースになっています。残念ながら作者のジョエル・アンドレアスさんのフォックスTVのインタビューはキャンセルされてしまいましたが、別のラジオ局がジョエルをインタビューするそうです。

今回のアメリカでのミッションは『戦争中毒』のアニメーション映画化の話を具体化すること(なかなか監督やプロデューサーが決まらず、映画作りの話が出てから3年もたっているのに、まだ資金集めも始められずにいる!)と、日本語版制作の許可をもらうこと。それからロスの平和活動家たちと情報交換をし、ワシントンの全米平和省会議に参加することです。

ロスについてから必死で探しているのがコスタリカへの安い切符。今のところ500ドルを切るものが見つかりません。為替も1ドル123円で円安だったので、余計高い買い物になってしまった!でも日本からコスタリカまでは25万円以上だったので、やはりこちらで探すことにして正解でした。

カリフォルニアにしてはちょっと肌寒いです。でも我が家よりはずっと温かいロスのフランクさんの家です。到着するなり、友人たちから立て続けに電話が入ってきて、あっという間にスケジュールがいっぱいになりそうです。

明日はフランクさんをインタビューして、最近のアメリカの平和運動の動向と世論の変化などについて、教えてもらいたいと思っています。

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左から、KPFAラジオのDJ、アンディ、私、フランク


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2007/01/12

『戦争中毒』がアメリカの高校で副読本に

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ビッグニュース。私たちが翻訳した『戦争中毒』がアメリカの高校の副読本として全生徒に配布されることが、サンフランシスコ教育委員会で全会一致で決定しました。今朝、この本の出版人であるフランクドリルさんからのメールで知りました。

やったー!

これまで『戦争中毒』のサポーター(10冊を1万円で買い取る制度)のみなさんからいただいた1万円のうち、出版社の合同出版の協力で2千円をアメリカでの『戦争中毒(Addicted To War)』の普及のために寄付してきました。その資金で看板広告や劇場広告を出し、アメリカの学校の図書館や平和教育をする先生方に『Addicted To War』を無料配布したりしてきました。そうした地道な努力が実ったのだと思います。

このことは、さっそくプレスリリースを書いて、知らせなくっちゃ。おとといの平和省の記者会見の様子は、今日の沖縄タイムズの24面、そして昨日の琉球新報にも掲載されました。「平和省の創設を訴える」というのが初めて活字になってうれしいです。明日14日、1時半から青年会館(電話:098-864-1780)で『911の嘘をくずせ』の上映会に引き続き、私の講演があります。

フランクからのプレスリリースは、私の英語ブログに掲載しておきます。

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