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2012/06/18

♪ ハワイの聖地で100年ぶりの田植え ♪ - 39分53秒 - 10.3 MB

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2012年6月13日は私たちにとって、そしてハワイ島にとっても歴史的な日になりました。ハワイの先住民が護り続けてけてきたハワイ島の聖地・ワイピオ渓谷。神聖な食物のタロイモの栽培地、ヒイラベという伝説に残る有名な美しい滝のある聖地で、100年ぶりに田植えをすることができました。


田植えのJPG

これを実現してくれた、全てのご縁に感謝です。


ハワイ島で田植えをすることは私と玄さんの長年の夢でした。でも私たちの住むコナは火山岩だらけで水はけが良すぎて、田んぼは無理でした。そこで私たちはビニールシートを使ってプールを作り、たった3坪の田んぼで米が育つかどうか実験栽培をしたことはこのブログで紹介した通りです。


田植えのJPG

3坪のミニ田んぼの実りは見事でした。22カップ(2キロ)のお米が穫れました。


次なる目標は、清い水の溢れるワイピオ渓谷での田植えでした。でもそれは、とてつもなく遠い夢のように見えました。知り合いもなく、またハワイ先住民コミュニティが私たちにタロイモの聖地で米栽培を許してくれるかもわからず、きっと何年も先になるだろう、と思っていました。


田植えのJPG

それが実現したのです。
奇跡は起こる(拙著『バタフライ』の「ベストゲーム」のルール5番)。


ヒロに住む日本人女性が、私たちをタロイモ畑の所有者であるアンクル・ビリーに紹介してくれました。ビリーに初めてお会いしたとき、私たちがハワイ島で何をしたいかを心の底から伝えました。そして、ハワイの聖地を元の健全な環境に戻すことで意気投合。荒れてしまったタロ畑に米を栽培できることになったのです。


田植えのJPG

夢は叶う。それが地球の夢と一致しているなら。


6月13日(水曜日)は100年ぶりに田植えがされた日。これはいつかニュースになる出来事だと思います。


今回は1本植え(苗を1本ずつ植える)です。1本で何本に分けつするか、どれぐらい実るかみたいのです。収穫は3ヶ月後の9月でしょうか。うまく育ちますように。

来週6月20日にはもう一度、赤ちゃん稲がうまく育っているか、見に行きます。本当は毎日行きたいところですが、遠方なのと急な崖を降りるのが私たちの車では難しく、なかなか叶いません。


田植えのJPG



でも稲は実はそんなに世話はいりません。あれほど整った田んぼ(タロ畑)なら、きっと2、3回除草をしてあげればうまく育つと思います。ザリガニとカタツムリがたくさんいたのがちょっと心配ではありますが(小魚もいっぱい)、生物がたくさんいる田んぼは、栄養が豊かで稲にとっては良い環境のはず。


ここにある歴史的な日の写真は、11歳になる娘が撮ってくれました。タロイモと稲が仲良くなんらんでいて、なんとも幸せな気持ちにしてくれます。


田植えのJPG



ハワイと日本。いつまでも仲良く、栄えますように!


私の次の夢ですか?


私の夢はどこにいても、いつでも同じ。それは「持続可能なコミュニティ」を創ること。まずそれを自分が実践すること。
Be the change you wish to see in the world
です。


私の描く持続可能な地球に原発はありません。武器もありません。もちろん戦争も人が人を殺すなんてこともありません。


地域で食べものとエネルギーとサービスが循環し、一人一人が得意なことや好きなことをやって、互いに貢献し合い、サポートし合って生き生きと幸せに暮らしています。


そんな社会をまず自分の居場所から創っていきます。


田植えのJPG


田植えのJPG

田植えのJPG

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2012/06/02

ハワイ米の収穫、約2キロ(21合)

今日、5月28日に収穫したお米を脱穀しました。脱穀機がないので、手で1本1本しごいて、お米を一粒ずつ稲から外しました。すごく時間がかかりましたが、瞑想的で楽しかったです。最初は子どもたちにも手伝ってくれたのですが、すぐに「疲れた」といなくなり、結局、玄さんと2人で最後までやりきりました。まあ、子どもたちに無理強いはできません。

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驚いたのは、その収量です。あんな小さい田圃(3坪)で種籾の状態のお米が2キロもとれたのです。普通田んぼは一反=300坪が単位ですから、この百倍が一反分として計算すると200キロとなります。

稲刈りのJPG
お米を天日干し

お米1俵が60キロですから、3俵と3分の1。まあ自然農法としては、まずまずです。慣行農法なら1反8〜10俵も穫れますが、鴨川の私たちの棚田では無肥料で1反3〜4俵ぐらいでした。 

稲刈りのJPG
4日でもうからからに乾いた

稲刈りのJPG
一粒一粒、稲からお米を外します

今回作った田んぼは土が少なすぎて(浅いところは5センチぐらい)栄養が十分ではなかったと思います。それでもこれだけ穫れたのですから、今度は土も魚も増やして(今は金魚20匹ぐらいを50匹にします)やってみるつもりです。 

稲刈りのJPG
束にしたまま外したら効率的に

ところで、二番穂のことをポッドキャストで話しましたが、あまりに成長が早いので、さっそく稲刈りを終えた田んぼにまた水を張りました。ニュージーランドのレインボーヴァレーファーム(Rainbow Valley Farm)で田植えをせずに、稲刈りのあとそのまま二番穂で繰り返しお米が育っているのを見たことがあります。5年間も田植えをしていない、と聞いて、「そんなことがあるの?」と驚いたことを思い出します。 

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前庭の洗濯物を干すテントの中で作業する私

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収穫したお米を点検する玄さん

もしかしたら、ハワイ島でも同じことができるかもしれないので、試しに二番穂をそのまま育ててみます。この報告はまたいたしますね。

稲刈りのJPG
初のハワイ米。3坪でこれだけ取れた

今はワイピオ渓谷に田植えをするために苗床を育てているところです。1本植えで30センチ角に植えてみる予定です。

ワイピオ渓谷はハワイ先住民の聖地であり、聖なる食べもののタロイモの栽培地なので、タロイモ畑の隅っこで小さく試験栽培をさせていただきます。 日本人にとって聖なる食べもののお米、ハワイ先住民にとって聖なる食べもののタロイモ。同じ場所で仲良く育つといいなあ。
稲刈りのJPG
計ったら、21合ありました(約2キロ)

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2012/05/26

ハワイ米を育てるーハワイ・ライス・チーム(HART)プロジェクト

気がつくと、今日の我が家の夕飯は、ご飯(お米)を除いてほとんどが我が家とご近所の庭からのものでした。小松菜のごま和え、赤かぶと白かぶのリゾット(雑炊)、マンゴーのピクルス、グリーンサラダ。そしてデザートはアップルタルト。買ったものは、お米とデザートのリンゴ、小麦粉、あとは調味料ぐらい。

ということは、お米を育てることができたら、ぐっと自給率があがるわけですね〜。

しかしハワイでは現在、米作りは途絶えてしまいました。以前は中国人や日本人が米作りをしており、一時は全米で第3位の米の生産高を誇っていたときもあったそうです。カウアイ島が一番米作りが盛んで、1960年代まで続いていたと聞きました。

以前このブログでお伝えした裏庭でのミニ田んぼで植えた沖縄の種籾ですが、なんともう稲穂をつけました(生育が早い)!立派に稲穂が垂れてきましたので、来週の月曜日(28日)に収穫をします。ハワイ島は鳥が多いので食べられてしまうかな、と思っていましたが、今のところ大丈夫です。まだ見たことも食べたことがないせいかもしれません。

そして、今もタロイモがハワイの先住民によって水耕栽培されているワイピオ渓谷で、試験的にお米を栽培させていただけることになりました(やった〜!!)。タロイモ畑と田んぼはそっくりだから、きっとうまく育つでしょう。ただ、ザリガニが結構いたのがちょっと心配。

「2年ぐらいで自給」を目ざして、あれこれ動いてきましたが、もう少し早まりそうな感じ。ハワイ米を育てる「ハワイ・ライス・チーム(HART)」を発足させようと思っています。

我が家のご近所さんも裏庭でいろいろなものを育てていることがわかり、ご近所同士でもいろいろ交換することができて、楽しいです。

収穫は来年以降ですが、今日も市場からいただいたパイナップルを20株植えました。バナナも20本植え、コーヒーやマンゴー、いちじく、みかん、パパイヤ、パッションフルーツも植えました。あとは一番大好きなアボカドとカカオを植えれば、欲しいものがほぼ揃います。

お米とミニ田んぼの様子は、森田玄のブログをご参照下さい。
http://moritagen.blogspot.com/2012/05/hart.html

我が家のバスルームからミニ田んぼが見えるのですが、その奥にヤシの木があるのが何とも不思議な風景です。

ハワイ島では現在、お米を食べる人の方がタロイモを食べる人よりずっと多いので、米の生産が復活できたら、素晴らしいです。

現在、50〜60%ぐらいローフードをしている私たちにとって、ハワイ島は自給自足を目指すのに適した場所であることに気づき始めました。ワクワクします。




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2012/02/09

生きている、家がある、ご飯を食べられる、ありがたいこと

昨日は山火事(こちらではBush Fireといいます。「やぶ火事」ですね、直訳すれば)であわや我が家も燃えるかも、という一日でしたが、今日はもう日常に戻りました。朝、現場を見に行くと、一体が黒こげでまだ少しだけ炎が残っていました。でも、もう周囲に燃えるものがないため、消火活動はしていませんでした。

それにしても、避難命令が出て、家をあとにしたときは、もうダメかもしれない、と一瞬思いました。警察から「5分で退避するよう」と言われたときに、まとめた荷物が今でもおかしいです。私が何を大事にしているかがよくわかる内容でした(玄さんにも笑われた。恥ずかしいので秘密)。

今日は一日ぶりに家族でご飯です。私が出張のときは、子どもたちは父親の作ったご飯を食べています。が、私がいるときは、私が作ります。家族にご飯を作ってあげられる、ってとても幸せなことです。毎日毎日作っていると、ときどき嫌になってしまったり、面倒になるときもあるけれど、こういうことを体験してしまうと、ご飯を作れることがありがたいです。

311以降、ずっとそうなのですが、「生きていること」がありがたい、とつくづく思います。
そして、家があり、こうしてブログを書けることも、読んで下さる方がいることも、家族でご飯を食べることができることも、ありがたいです。

いやあ、何もかもがありがたいという心境ですね、最近は。

今日の月がきれい。
山がきれい。

遠くのみなさんから、お見舞いのお言葉をいただきました。どうもありがとうございます。
心配をおかけしました。私はもう大丈夫です。

家族全員元気です。

今回の火事による死人もケガ人もなく、燃えてしまったのは樹々と草だけで、家は一軒も燃えなかったようです。本当に奇跡。我が家の前の家の庭と、裏庭に隣接した牧場にまで延焼したものの、家はどこも大丈夫でした。本当に良かったです!消火活動にあたったハワイの消防士のみなさん、ありがとうございました。

火災発生中、フラをやっている友達が電話をしてきて、「これから雨乞いのお祈りをするから」と言ってくれました。すると、まさしくそのとおりになり、昨夜は一晩中、久しぶりの雨が降りました。フラの祈りがハワイの神さまに通じたのでしょうか。

偶然の一致かもしれないけれど、「ここは神さまが宿る島だ」、とつくづく感じた出来事でした。


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2012/01/10

ハワイ島で子育て

今日はまったく違う話題。子育てのことです。

私には4人の子どもがいます。上の二人は離婚したときに別れて今は一緒にいませんが、東京に暮らし、高校生をしています。そして、今の夫との間に生まれた二人の子どもが小学4年と5年(日本の。こちらでは5年と6年)でハワイ島にいます。

もう親と出かけるよりお友達の方が良く、私のやっていることには興味はありません。自然食ばかりの私に反発してジャンクフードや甘いものが好きだったり、と、まあ、よくあるパターンです。

私が子どもにしてあげられる最大のプレゼントは、元気で丈夫な体に育て上げることで、そのために日々の食事やおやつを大事にしています。でも、子どもにはそれは迷惑のようで、野菜より肉、魚、卵をほしがったりします。といっても、我が家の食卓は野菜と穀物と果物とナッツや種子類ばかりで他のものはめったに登りません。

明日ここを出発しますが、子どもたちは私にお土産を頼むだけで、私が日本に行くことのリスクや今日本が置かれている状況については、あまりわかっていません。でも、さっき「おやすみなさい」を言いながら、二人とも久しぶりに抱きついてきて、「ママ、元気で帰ってきてね」と言ってくれました。

ちょっとホロリとします。

放射能は目に見えないし、痛くも痒くもないですから、子どもにわかってもらうのは本当に難しいです。このサイトはとても良くできているので、何度か見せました。文科省の配る本よりはずっとましです。
http://www.nuketext.org/indexkids.html

私がハワイ島にいることについて、メルマガの読者から「日本から外国に逃げた人に日本の批判をしてほしくない」というメールをいただきました。この方は私たち夫婦が10年も前からハワイ島への移住を計画していたことを当然知りません。でも、311が背中を押してくれたのは事実です。ハワイ島ももう放射能汚染されていますが、それでも壊れて放射能が漏れ続けている原子炉の近くで子育てするよりは、安心できます。子どもは大人よりも放射能の影響を受けやすいからです(春休みに結婚10周年記念の家族旅行でハワイ島に来たあと、私たち夫婦は子どもたちを友人に預けて日本に戻りました。以来、日本に戻っているのは私だけです。今回で4回目の帰国)。

1月13日の講演会では、ハワイへの移住を考えている方のご質問があれば、私の知っている限りのことはお答えしますし、ご相談にものります。

持続可能なコミュニティを創ることは、私たちのライフワークです。アメリカは世界最大の消費(浪費)国で、石油や資源獲得のために戦争ばかりしている国です。しかし、豊かな大地があり、どこから何も奪わなくても十分豊かに暮らせるのです。それを鴨川の山間地の小さな田畑で実践してきた私たちは、ここハワイで同じように自給的な暮らしを実践して、アメリカ人に見てもらいたいと思っています。そういう暮らしの豊かさや楽しさが伝染したらいいな、と。

アメリカが平和で持続可能な社会に変わったとき、地球も大きく変わると思います。今は、日本は原子力政策でも軍事政策でも外交政策でもアメリカの言いなりですが、アメリカは決して一枚岩ではありません。共和党のロン・ポール大統領候補のように、FRBの解体や在日・在韓米軍基地の撤去を主張している人もいます。

ここハワイ島には大きな産業もなく(米軍軍事基地がありますが)先住民の文化や暮らしがまだ残っています。ハワイ島は基本的に狩猟採取で持続可能なシンプルな暮らしが営まれていました。今は実践している人はごくわずかですが、私たちはハワイ人が食べてきたタロ芋やバナナを庭に植え、なるべくこの庭で採れた野菜や果物で子どもたちを育てていくつもりです。

目標は2年間でほぼ自給状態にすること。子どもたちは、私たち親のことを変だ(お父さんは家にいるし、お母さんはしょっちゅう出張で家にいない)と思っているし、日本に帰りたがっていますが、いつかハワイ島も好きになり、私たちが何を大切にしているのか、わかってくれたらいいな、と思っています。

次のブログは日本からになるでしょう。

4号機、目が離せません。福島第一原発で作業している人たちの安全を願いつつ。


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2011/11/28

太平洋を非核に:原発も原爆もいらない

太平洋の真ん中からアローハ。

311以降、毎日放射能レベルをチェックする習慣がついたのは、良いことだと思っています。本当に多くの人がそうするようになっているので、意識が高まるからです。

私は原発も原爆もこの世界からなくしてしまいたい、と思っています。

ここハワイ島には米軍の広大な演習場があり、実弾演習で劣化ウラン弾も使われています。なので、以前から放射能レベルが高いことがごく一部の活動家の間では話題になっていました。

しかし、なんせここは観光で食べている島。誰もそんなこと話題にしたくないのです。情報は捜しても出てきません。そして、これからハワイ諸島の他の島から広大な土地のあるハワイ島に軍事基地が移転してくる(現在の基地がさらに拡張される)予定です。それをどうしたら食い止められるのか、地元の仲間を捜し始めたところです。

私の知る限り、反対運動のようなものはありません。

太平洋は1960年代に核実験場とされました。美しい島々には自給的に平和に暮らす人々がいたのに、その頭上で米国もフランスもイギリスも核実験を繰り返しました。本当に悲しい、惨いことです。その影響は今も続いていると私は思っています。

先日、APEC対抗会議のMana Nui Conferenceに参加しましたが、太平洋諸国のNGOが集まり、今の経済至上主義のAPECのやり方に協力しないことが確認されました。

参加したメンバーの中には、古くから非核太平洋をめざして活動している人たちがいました。非核は核兵器だけではなくて、もちろん原発もです。

私はこちらに来てからはRadiation Networkを見ていますが、最近のハワイ島の放射能レベルは日本より高いときが多いです。
ハワイとアラスカ:http://radiationnetwork.com/AlaskaHawaii.htm
(私が今いるのは、一番大きいハワイ島の西側、コナというところ)
日本:http://radiationnetwork.com/Japan.htm

CPMという単位は私にはなじみがないのですが、カウント・パー・ミニットで1分あたりの放射線がぶつかる回数のようです。今日は40cpmでした。ネットで調べてみると、これはだいたい0.3μSvに相当することのようで、もし本当ならかなり高いです。鴨川では一番高いときでも0.2μSvでした。ちなみに、日本の公衆被曝許容量の年間1ミリSvを時間にすると、0.1141μSvですから、それを遥かに超えてしまいます。

この島には原発はないし、原子力産業もありません。汚染源がどこなのか、福島なのか、米軍の演習場なのか、それとも私たちの知らない何かなのかもわかりません。

ともかく言えることは、これ以上人工放射能を生み続けてはいけない、ということ。これを世界のコンセンサスにするにはどうしたらいいのか、この島の中でもこういうことが話し合えるような仲間を捜しているところです。


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2011/11/15

Mauna Nui Conferenceの写真

このサイトに太平洋諸国から集まった市民(NGO)がMauna Nui会議で何をやったかが書かれています。
http://www.ifg.org/programs/apec.html#speakers

下にスクロールして、ぜひインタビューを観て下さい。Jon Osorioがハワイ人/太平洋諸国側のコーディネーター、Victor Menottiがその他の国々(米国、日本、ロシア、中国、オーストラリア、チリ、ニュージーランドなど)側のコーディネーターです。インタビューが素晴らしい内容です。

APEC/TPPがやろうとしていることは、大企業(多国籍企業)が自由にビジネスができるようにあらゆる障壁を取り除くことです。企業の不利益になることは、どんどん提訴できます。WTOやNAFTAをさらに強化しているといえるでしょう。環境や先住民の権利はずたずたにされるでしょう。

APECの新しい解釈を聞きました(ジョークです)!
 Aging 年をとりつつあるる
 Politicians 政治家たちが
 Enjoying  楽しんでいる
 Cocktails カクテルを
まったくそのとおりですね!

このカクテルを楽しんでいる晩餐会で、We are the Manyを歌ったMakanaという歌手にぜひ一度お会いしてみたいです。本当にすごいことです。よく排除されることなく最後まで歌えたと思います。

この4日間の雰囲気が伝わるように、写真をアップしてみます。

初日(1st day)

Mauna Nui会議のJPG

Mauna Nui会議のJPG

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2日目

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APEC/TPPファッションショー

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3日目

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