2005/01/29

イマジンーどんな社会に住みたいですか?

  ブリスベンからこんにちは。1月11日にこちらに来て、「911ボーイングを捜せ」を上映しながらのオーストラリアの旅も終わりに近づいてきました。これまでシドニー、ニューカースル、コフスハーバー、バイロンベイ、サンシャインコースト、ブリスベンで上映会をし、あとは明日のゴールドコースト を残すだけとなりました。

  一番の収穫は、こちらで平和活動をしている人たちとの出会いです。ブリスベンで上映会を主催してくれたアネットは、「ジャストピース」というグループの中心メンバーです。彼女の悩み、そしておそらく多くの活動家の共通の悩みが、「イラク戦争が始まり、占領が恒常化してしまった今、平和運動は目的を失い、一時盛り上がった動きも今は静まってしまっているけれど、どうしたらまた活気づけることができるか」というものでした。

  私はその解決策を持っているわけではありません。ただ、少なくとも、私たちが日本からやってきたことで、それぞれの地域の平和に興味のある人たちが集まり、新たなネットワークができ、そこから何かが生まれていくようでした。私たちの役割は種まきか触媒、あるいは助産婦さんのようなものでしょうか。

  同じ目的のために働いてきた外国人が遠くからやってきた。せっかくだから普段より多くの人に声をかけよう、せっかくだから一品持ち寄って一緒に食事もしよう、と自然になります。おいしい食事があると、場が和やかになり、会話も弾みます。そして、映画を一緒に観る、歌を一緒に歌う、それぞれの経験を分かち合う・・・・と、どうでしょう、そこから次々と新しいアイデアが生まれていくのでした。

  「イマジン」はアネットが暖めてきた構想で、ある集会でアボリジニの女性が静かに言った言葉に触発されたのがきっかけです。

「大切なことは(何かに反対することではなく)私たちがどんな社会に住みたいか、どんな国に住みたいかを、想像することです。」

  アネットは2006年にここブリスベンで、オーストラリア中の平和活動に関わる人たちが集まって、どんなオーストラリアにしたいか、どんな世界に住みたいかを想像(イマジン)する集まりを持ちたい、と上映会のときに話してくれました。すると、「私も手伝いたい」「私も関わる」「こんな人を紹介したい」、という人が次々と出てきて、新たな活動が目の前に誕生しました。人が集うことから新しい何かが始まる、知恵は私たちの間にある、というのを改めて 確認したオーストラリアの旅でした。

  明日は久しぶりにアンニャ・ライトに再会します。お母さんになってからのアンニャに会うのは初めてで、今からとても楽しみです。彼女はエクアドルからオーストラリアに戻り、現在はゴールドコーストに住んでいます。この後は子どもたちを連れてクイーンズランド北部のタウンズビルに移り住む計画です。

オーストラリアに来て、子連れで何千キロも旅をした3週間の間、何人ものオーストラリア人が見ず知らずの私たちを快く受け入れ、家に泊めてくれました。これだけでも奇跡のようです。その上、多くの人が私たちの持ってきた映画や本を買ってサポートをし、メディアにコンタクトしてくれたのです。お陰でラジオに2回、テレビに1回、新聞に1回取り上げられました。このつながりを大切に育てていきます。

  ありがとう、オーストラリア。ありがとう、素晴らしい出会い。この仕事をしていて本当によかった。

2005/01/25

コフスハーバー。朝2時起きでなんでもできる、モードです。

シドニーとブリスベンの中間にある人口3万人弱の美しい町で、昨晩、講演会が行われました。オーガナイズしてくれたのは、隣町のソーテルに住むイレーヌさん。彼女はイラクへの攻撃が始まる前に、オーストラリアで平和グループを創った最初の一人で、この小さな町でピースマーチを組織した人です。

「ここは小さくてのんびりした町だから、ピースマーチを呼びかけてもそんなに人は集まるとは思わなかったの。私ともうひとりの友人とで呼びかけて、20人もくればいいわね、って話していたのよ。そうしたら6千人もきて、本当に驚いたわ」と、そのときの様子を語ってくれました。

全く初対面の私たちのために、ほんの数日の間に公民館を予約し、人集めをし、自分のアパートを開放しくれました。日本語教師だったジャネットさんが二人の子どもを見てくれ、お手製のアボガドと野菜の巻き寿司をごちそうしてくれました。

開始は7時半からで、私たちは7時頃会場にはいると、日豪教会の初代会長のパットさんと彼女の夫、イレーヌと友人数人がいすを並べていました。この催しが決まったのは、ほんの数日前ですから、イレーヌは「20人くればいい」と話していました。

ふたをあけると31名が来て、小さい部屋はびっしり。人数に比して小さなテレビ画面をみんな食い入るように見てくれました。9時半までじっくり質問に答え、『戦争中毒』のこと、劣化ウランのことも伝えました。森住卓さんの写真集の中の無脳症の赤ちゃんの写真は、かわいそうで見てられない、という反応でした。私は言いました。

「この子は私たち大人に劣化ウランが何をもたらすかを教えるために生まれてきてくれた天使です。この子がいなかったら、この写真が撮られなかったら、私たちはさらに犠牲を重ねてしまうでしょう。だから目をそらさないでください」

講演会が終わると、ほぼ全員が握手をしてくれたり、ハグしてくれて、「ありがとう」といいながら帰っていきました。なんとか私の話は、受け入れてもらえたようです。

若いお父さんが質問しました。「僕はこの情報を知って、怖くなってしまった。あなたは自分がこんなことを伝えて歩いて怖くないのか。僕にはとてもそんなことはできない。」

「もしこの情報が私だけのもので、私だけが伝えているとしたら、とても怖いでしょう。でも実際は、こうして講演をするたびに、新しい誰かが伝える人になってくれており、その結果、ネットと口コミだけでアメリカで数万枚、日本で数千枚のDVDが売れています。だから、講演をすればするほど、私はより安全になります。私がやりたいのは、すべての人のいのちを守ることですから、敵はいません。どの人も大事です。今、戦争を支持し、戦争が必要だと信じている人が、この情報を知ることはとても大事です。環境破壊をしている人が地球環境の厳しい現実を知ることが、とても大切なのと同じ事です。劣化ウランの問題一つをとっても、これを解決するには、あらゆる人の協力が必要です。だから、私はこうしてどこにでも行くし、誰とでも話をします。」

そう、敵はいないのです。もしいるとしたら、自分自身の中の恐れだけでしょう。誰かが自分を傷つけるかもしれないという恐れ。でも、私は宇宙の法則を信じています。自分が出したエネルギー(言葉、行為、思いなど)が戻ってくる、ということ。だから、私が愛に基づいて行動する限り、私に戻ってくるのは愛だけ。これはベストゲームのルール3。(ベストゲームについては『バタフライーもし地球が蝶になったら』をご参照ください)そして、この数年間、私が体験していることは、その通りになっています。

すべての出会いに感謝しています。明日はまた、さらに北へ300キロ移動し、バイロンベイという町でお話をさせてもらいます。奇跡は起こるものですね(ベストゲームのルール5)。ここに来るまで、ほとんど誰も知り合いがいなかったことが、嘘のようです。

愛と感謝をこめて
きくちゆみ

2005/01/23

オン・ザ・ロードinオーストラリア

昨晩はシドニーのキャラバンパーク(家族連れにとっては最適の安宿)で、家族そろってテレビを見ました。この番組の放映を教えてくれたのは、オーストラリア在住で『911ボーイングを捜せ』の翻訳者の一人である千早。番組はフランスのドキュメンタリーを翻訳したもので、タイトルはずばり「911Didn't Happen(911は起こらなかった)」。どんな内容か興味津々で見たのだけど、ちょっと期待はずれでした。

フランス人のティエリ・メサーンが書いた本『Effroyable Imposture(恐るべきペテン)』を中心にした話の展開で、それがどのように世界中に広がっていったか(現在50カ国以上で出版。日本では出版されていますか?アメリカでは?)を描いていました。でも、取り上げ方は、「陰謀説で大もうけをした」というレベル。チェリ・メサンの本については、こちら:日本語版『911ボーイングを捜せ』のタイトルの元になったのは、この番組の中でも取り上げられていたフランス語版のホームページ“Hunt the Boeing(フランス語でなんと言うのか、聞き取れませんでした)”です。番組の中でも、私たちが見慣れたペンタゴン崩壊前の写真や5メートルの穴しか開いていない写真が映りました。

メサーンの本はフランスでベストセラーになり、この本のヒットに刺激されて翌年の9月11日には、ドイツでも雨後のたけのこのように多くの911陰謀説をテーマにした本が出版さたそうです。いずれもよく売れて、人々の興味の高さを伺わせました。ついには、ドイツの調査報道の牙城である「Die Spiegel(ディア・シュピーゲル)誌」までが911事件の陰謀説に取り組まざるを得なくなりましたが、結局発表はしなかったとのこと。

私は20代の前半、シュピーゲル誌のアジア総局長のティッチアーノ・テルッツァーニ氏のアシスタントをしていました。彼は私が知っている限り、ジャーナリスト中のジャーナリストでした。シュピーゲル誌が正面からこの問題を取り上げなかったのは残念。テルッツァーニ氏が生きていたら、きっと取り上げただろうな、と思いました。テルッツァーニの反戦の手紙:メサーンの本は当然、アラブ諸国で大ヒットしました。もともと反米のイランはもちろん、親米のエジプトでもベストセラーに。陰謀説の皮切りは、事件から1週間も満たない9月17日に、レバノンのテレビが報道した「9月11日、世界貿易センターで働いている4000人のユダヤ人は、モサドの警告があったために仕事にいかなかった」というもの。これは日本でもネットで流れていましたね。この番組の中では、実際は400人のユダヤ人が亡くなり、その追悼式を取り上げ、25歳の息子を亡くしたユダヤ人の母親をインタビューしていました。でもこれだけでは、事実がはっきりしません。事前にこの事件を知らされたために、生き延びた人がいたのかどうか、もう少し深く検証して欲しかったです。それができるほどの情報が 公開されていない、とういことなのでしょうか。

911事件は本当に19人のアラブ人テロリストの犯行なのでしょうか。19人の実行犯とされた人たちのうち、数名はまだ生きていることも、この番組で取り上げられていました。私自身は米国政府の発表はもう信じてはいませんが、仮に発表どおりの事件だったとしても、アフガニスタンやイラクへの攻撃は不必要でした。税金と資源の無駄遣いで、無実・無関係の人々のいのちを奪い過ぎであり、この「対テロ戦争」はちっともテロ対策になっていません。こんな戦争でいのちを奪われた人々とその家族はどんなに無念でしょう。戦争を食い止められなかったことが、悔しいです。

戦争をしている国、しようとしている国のメディアは、国民に本当のことを知らせません。このことを肝に銘じて、米国メディアを批判的に見る必要があるし、その翻訳をそのまま流すことが多い日本のメディアも要注意です。最近のNHKはそのいい例といえましょう(がんばれ、長井プロデューサー!)。

1月20日には、ブッシュ大統領就任式にぶつける大規模なデモが、米国で予定されています。今年の一般教書演説では、イラクからの撤退について触れるでしょうか。ブッシュ大統領は、最近イラクの占領政策について「見直し」という言葉を口にし始めていますね。

1月末のイラクの選挙は、とてもスムーズに行われそうもありません。なんせ選挙に行くこと自体がいのちがけなのですから、誰がそんな危険を冒してわざわざ行くでしょう。選挙管理委員が全員辞表を出したり、選挙をボイコットする勢力が増えたりしています。イラクの人々の米軍占領への抵抗は、収まらないどころか日に日に勢いを増しています。ファルージャであれだけ無実の人を殺してしまった占領軍は、親米的だった人々まで完全に敵に回してしまいました。米国の占領はここでも失敗だった、と言えます。

それにしてもふがいない日本とオーストラリア政府。国民の声より、アメリカ政府の声を聞くのはどうして?実は、こちらに来てから、オーストラリア人と「どちらがよりアメリカの第51州らしいか」を言い争っています・・・。日本とオーストラリアは政治的に似ている部分があり、驚いています。国民の大半は戦争にも軍隊のイラク派兵に反対ですが、政府が反対の声を押し切って派兵しています。両国がアメリカに「NO」といえない弱みは、何なのでしょうか。石油?経済?それとも・・・。

小国でもお隣のニュージーランドは、イラクから軍隊を撤退させました。2月には初めてニュージーランドも訪れるので楽しみです。小さくて、きらりと光るニュージーランド。もし日本以外の国に住むなら、この国は第一候補です。温泉もあるし、気候が日本と似ているし、政府が先進的だから。

津波は止められないけど、戦争は止められる。次の戦争は止めたい。そのために、できることをやり続ける。そんな気持ちで、明日から北上します。カースルヒル20日)、コフスハーバー(21日)、バイロンベイ(22日)、ブリスベン(23日)、サンシャインコースト(24日・デジャーディン・ゆかりさんの家)で、ミニ上映会をする予定。米国と違い、この国には知り合いが殆どいないので、上映会を設定するのは簡単ではありません。これまで出会った人のつてと、日本在住のオーストラリア人の友人からの情報を頼りに動いています。それでもなんとかコフスハーバーとサンシャインコーストは会場も決定し、人集めも始まりました。もし、オーストラリア在住で興味のありそうな方をご存知でしたら、私の携帯を教えてください。04-1674-0870。もちろん、日本からもOKで、国番号は61。しばらくメールへのアクセスができませんが、また続きをご報告しますね。

2005/01/22

2005年1月21日 ソーテル・早朝(昨日は一人で寝たのに、なぜか眠れず)

あらあら。日記と思って書き出したのに、前回書いた日からもう10日も過ぎてしまった。うーんノ。やはり私には日記は無理か。

あれから14日にシドニーでは満天の星空の下での上映会が行われ、そのあとはオーストラリア人に嫁いだ姪っ子の博美ちゃんと赤ちゃんのニーナを連れて、キャラバンパークに泊まりながら、あちこちいきました。キャラバンパークというのは、日本でいうオートキャンプのようなもので、自分のキャンピングカーやテントを持ち込むことも、コテージに泊まることもできます。私たちが泊まったコテージは3つベッドがあり、6人まで泊まれ1泊114ドルだったから、家族連れやグループ旅行者にとって最適の宿泊場所。キッチン道具も揃い自炊ができ、プールや子どもの遊び場もあるのがうれしい。旅の間も、私は殆ど毎日料理をしています。それが一番ヘルシーで安上がりだから。

シドニーを西に100キロぐらい行ったところにあるブルーマウンテンのルーラという町はお伽の国みたいにキュートだった。夜はタイ料理を食べた。大人3人、子ども3人でおなかいっぱい食べて65ドル、約5千円。観光地だからこれぐらいかかるのは当然かな(我が家の予算はオーバー)。

ルーラの展望台からの絶景、そこで見た夕陽が忘れられません。この目に見えている美しさを写真に収めようとしても、なかなかうまくいかない。デジカメじゃ無理かな。でも、写真家ならもっと違う風に撮れるのだろうけど。

1月20日は、ついにシドニーで1週間もお世話になったマーサとフィリップ、息子のルシアン、犬のヘンツァに別れを告げて、ハイウェイ1を北上。最初はニューカースルというこの州第二の都市で、ミニ上映会。私たちを呼んでくれたのは千早のメル友のニール。彼の家族と、クエーカー教徒の平和活動家が来てくれて、少人数ながら全員が『戦争中毒』『湾岸戦争の子どもたち』『911In Plane Site』などを買ってくれ、お昼もごちそうに。

ニールに電話で何を食べるのか聞かれたときに、野菜が好きなことと、普段はごはんを食べている、と伝えておいたら、ニールのお姉さんのジュリーが、そのとおりのサラダランチ(ごはんもサラダの1品)を用意しておいてくれました。うれしい心遣い。

それからさらに400キロ北上して、ソーテルというおしゃれな海の町へ。もともとは小さい漁村だったのが、リゾートとして大発展。昨晩泊めてもらった家は、今日隣町のコフスハーバーで上映会を準備してくれているイレーンの家。10年前に10万ドル(約80万円)で買ったのが、今は40万ドル(3200万円)に跳ね上がった、とのこと。2階建てのユニットで海から2分、町の中心からも1分の好立地。ソーテルの中心街には道路の中心に大きなガジュマロが植わり、両脇には洒落たレストランが立ち並び、夜遅くまでにぎわっています。スペイン・バルセロナのラスパルマス通りを思い出します。

昨日は一日中ドライブ(東京-神戸ぐらいか?)してくたくただったので、外食。ガジュマロの樹の下で、チキンケバブをほおばりました。今日はこれから、地元の新聞のインタビューを受け、その後上映会。コフスハーバーも美しい海の町らしいので、楽しみ。

2005/01/16

NHK番組改ざんの話のこと

慰安婦問題を扱った番組を政治家が圧力をかけて改ざんさせたことは、アジア各国でもニュースになっていますね。ここオーストラリアではまだ見ていませんが、丹念に探せばあるかもしれません。そのときはお知らせします。

友人の千早(オーストラリア在住で『911ボーイングを捜せ』の翻訳者の一人)が朝日新聞に投稿した手紙がとてもよかったので、アップします。マスコミに批判を送ることは大切ですが、同じように大切なのが、励まし、エールを送ること。もしかしたら、後者のほうがもっと大切かな、と思うこのごろ。

こういう世の中になってくると、私たちにとって「いい記事・いい記者」が会社の中では処遇が悪かったり、肩身の狭い思いをしているかもしれないから。内部告発をしたNHKの長井プロデューサーが処罰されることがないように、ことの推移を見守っていきたいし、こういう人こそサポートしていきたいですね。 
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 本田雅和様、
 高田誠様、

この度の「NHK番組改変問題」に関する一連の報道に喝采を送ります。

良質な番組も存在するとはいえ、ニュース報道などを見る限り日頃から「NHKはまるで『大本営発表』だ」と思っていま したが、ここまでひどいとは情けないのも甚だしい。

英国のBBCやオーストラリアのABCが、丁度日本のNHKの様な局であるのに、完璧とは言えないまでも、権力側に迎合することなく彼らへの批判精神を忘れない報道を——真のジャーナリストであり続ける努力をしているときに、日本のNHKはまるで「米政府にベッタリで、言われる前から米政府の思惑以上のことをやってあげている日本政府」の様です。

本来、日本政府とは日本国民のために働く機構であるのに、その「雇い主」である日本国民をないがしろにするような政治を長年やってきて、平気でいる。嘘もつき放題です。同様に、NHKも国民からの受信料で成り立っていて「みなさまのNHK」などと言いながら、その実メ諸々の事実を国民に知られたくない権力者モの言いなりになっているのです。こんな不正はガンガン暴いて、改善していかなければなりません。

イラクの大量破壊兵器だって、侵略が始まるずっと前から元国連査察団チーフのスコット・リッターたちが声高に世界中に向かって叫んでいた通り、なかったではありませんか! そういう報道はろくにせず、御社も含め、アメリカ主導の違法で不正な侵略戦争に協力してきた新聞、TVなどのメディアの責任は重大です。

「ネットで色々調べなければ、本当は何が起こっているのかが見えない」のはおかしい。「普通の暮らしをしていて、TVや新聞からの情報しかない人には届かない事実がこんなに多い」というのはおかしいです。

サダム・フセインがそんなに悪なら、証拠を集めてICC(国際刑事裁判所)に訴えればよかったのです。アフガニスタンも同様、非人道的爆撃をして、すでに旱魃で苦しんでいた人民の命を奪う権利など、誰にもなかったはずです。はっきり言って、私たちはいまだに「オサマ・ビン・ラディンが9・11の犯人である」証拠を見ていません。当時週刊朝日に連載していた池澤夏樹氏が書いたとおり、「タリバンは、アメリカが9・11の容疑者と見た人物を客人としてもてなしていた(米政府から見れば「かくまっていた」)」だけでした。日本の国内法なら1万円だかの罰金刑だった。

アフガニスタンにも、またイラクに対しても、取るべき解決策を除外し、ICCのような機構には批准もせずに不正行為を続ける各国政権を止める力になるのがメディアのはずです。そのメディアが腐敗していては、私たち地球の市民は救われません。

10万人以上ものイラクの無辜の民を殺し、今後もそれ以上がメ半減期48億年モのDU(劣化ウラン)などの影響で死んでいくのです。侵略側の米兵の中にも、メ立派なモ犠牲者がたくさん出ています。なのに誰もその責任を取ろうともしない! 

ブレア英首相が先日、津波被害者への寄付金が増える一方で、元々充分でなかったアフリカのエイズによる孤児などへの支援が減っていることに関し、「津波は天災だが、エイズ孤児などの状況は人災だ」と発言しているのを聞いて、私は仰天しました。偽りの理由で開始されたイラクへの侵略戦争自体、彼がブッシュと共に引き起こした人災ではないですか! あれほど大量の人命を奪っておきながら、戦犯たちはその後も嘘をつき続け、逮捕すらされない。しかも、そういう連中がメ権力の座モに居座っている。

そんな中で、「被害者の声だけは何とか守りたかった。最後まで闘えなかったことを反省している」と言って告発を決意した長井プロデューサーの決断は大変貴重です。

そう、今回は、長井暁NHK番組制作局チーフ・プロデューサーの言語に絶する苦悩の挙句の告発があり、お二人が記事にするという行動があって、はじめてこの問題が広く知られるに至ったのです。

長井氏の勇気に最大限の敬意を表すると同時に、お二人の、本当のジャーナリスト精神を称えます。そして、今後もこの問題を鋭く追及し、長井氏が不当な扱いを受けない様、続報をシリーズ化するなどして、近年非常におかしくなっている日本のメディア、ジャーナリズムを是正する原動力になって戴きたく、お願い申し上げます。

「女性国際戦犯法廷」のVAWW-NET Japan を立ち上げた、元朝日新聞編集委員だった松井耶依(やより)さんも、きっと天国から見守っておられると信じて。

歪んだ権力者たちに負けないで!
正義は、いつかきっと勝利します。

期待しています。

Love, Peace and in Solidarity,

千早

2005/01/15

真夏のオーストラリアで野外上映会

 シドニーに入って5日が経ちました。14日の夜に、マーサとフィリップの家のお庭で夜の野外上映会をしました。集まったのはマーサの友人とこの地域の平 和活動家たち20名弱。みんなに見てもらったのは「911 In Plane Site」。グローバルピースキャンペーンが日本語版を創って広めている問題のドキュメンタリーです。
 反応はいろいろですが、DVDを買ってく れて、自分の周りでも広めてくれる、と言ってくれた人が5-6人いましたので、まずまずでしょう。この作品を見 て完全に納得がいかなくても、大切なのは「911事件は、政府の公式見解と実際に起きたことが、食い違っており、不可解なことが多すぎる」ということを、 みん なが知ることです。このような根拠薄弱な事件を理由にして、世界中が「対テロ戦争」に参戦していくことに、疑問を呈し続けたいと思っています。
  多くの参加者は前半のペンタゴンの方には納得しましたが、後半の世界貿易センタービルの方は、いまいち、という感じでした。でもね、仮にペンタゴンのほ うだけが、この作品の言うとおりだとしたとしましょう。それでもことは重大ですよ。私たちは真実を知らされていないばかりか、911事件には米軍の上層部 がかかわっている、ということになりますから。911事件を根拠として「テロリストを撲滅 するため」と戦争を起こした米国政府ですが、もし911事件が米国政府の自作自演だとしたら?それによってアフガニスタンやイラクで無実の市民が10万人 以上も殺され、家を壊され、仕事を失い、学校に通えなくなり、親や子どもを失っているのは、たまりません。だから、「王様は 裸だ」と世界中の市民が言い出すようになるまで、この映画を広めていきたいです。
  シドニーを出たら、北に向かいます。Coffs Harbour、Byron Bayでも上映会が予定されており、その後、ブリスベン、そしてサン シャインコーストでも上映会と講演会をします。この国でも真剣にこの作品を広めてくれそうな人に出会えることを願って・・・・。
 そうそう、携帯電話をゲットしました。上映会(大小は問わない)をしてくれそうな人、あるいはこの作品に興味があるオーストラリア在住の方は、お電話ください。04-16740870

きくちゆみ@シドニー

2005/01/13

2005年1月12日 シドニー

 1月10日に日本を発ち、なんとか無事オーストラリア・シドニーへ着きました。シドニーには姪っ子が住んでいますが、それ以外に友達はいません。日本で仲良くなったオーストラリア人のダミアンが、私たちのためにホストファミリーを探してくれました。

 ダミアンとは年末に出会ったばかりなのだけど、『911ボーイングを捜せ』を広めることほど重要な仕事はない、と断言してくれている心強い仲間で、自称マックフリーク(私からすればコンピュータの天才)です。私はまだウィンドウズを使っているのですが、「次は必ずマックを買って」と彼は強く勧めます。ダミアンはオーストラリアの平和グループに私たちが来ることを知らせてくれ、『911InPlaneSite』 の上映会をし、そして私たちをホームステイさせてくれる人まで探してくれたのです。本当にありがたい!

 今回はアシアナ航空が一番安かったのでソウル経由でやってきました。トランジットが4時間もあったのですが、空港の中に子どもの遊び場があったので、そこで子どもたちを遊ばせ、私たちも子どもたちを見ながら時間をつぶしました。

 ソウルからシドニーまでは9時間でしたが、飛行機は満員。小さい子どもたちを連れていると、彼らを飽きさせず、静かにさせておくために神経を使うので、ほかの事はあまりできません。出発前の数日間は徹夜続きだったので、到着したときにはくたくた。でもそこにお迎えが来ている、というのはなんと心強いものでしょう。

空港に来ていたのはフィリップ。彼は電車で空港まで来てくれたので、レンタカーをしてシドニー北郊外のペナントヒルにある彼の自宅に向かいます。アメリカ人女性のマーサと結婚し、二人の男の子がいます。お兄さんはもう28歳でアメリカ在住、弟のルシアンは14歳で、高校1年生(こちらは中学高校あわせてハイスクールという)です。

広い庭があり、いろいろな野菜が植わっている、オープンで居心地のいい家。ルシアンの部屋を私たち用に整えて、ベビーシートとベビーシートまで中古で入手して待っていてくれたのです。まったくの赤の他人にここまでしてくれるのは、ひとえに私たちがやってきた仕事のおかげです。マーサはグローバルピースキャンペーンのホームページで私たちがアメリカでやってきたことを知り、サポートを申し出てくれました。ありがたいですね。

今日はこれから姪っ子の家族と一緒にビーチへ行きます。木曜日はマーサがこの家に人を招いて、オーストラリア初の上映会をします。どんな反応があるか今から楽しみです。

マーサは働いていますが、フィリップはもう退職して家にいます。昨晩の食事はフィリップが魚のバーベキューをし、マーサ(映像制作を教えている)の元生徒のジョセフィン(ただいまこの家に遊びにきている)がトーレス諸島地方のかぼちゃとご飯とココナッツミルクの料理を作ってくれました。まなぶはかぼちゃが大好きなので、かぼちゃばかり食べていました。日本からやっぱり調味料と包丁を持ってくるべきだったな。そうすればここに滞在している間は、私が料理を担当できるのに。まあ、あるものでやってみよう。

唯一の問題はコンピュータがつながらないこと。どうやって設定するのか、わからないのです。今日はダミアンが国際電話で指導してくれるはずだけど、うまくいくかな。

2005/01/06

スマトラ大地震&津波のユニークな救援

911事件以来、Open Japan Boomerangというメールニュースをずっと書いているのだけど、その最新号にバウさん(山田成雲)のとてもいい提案が載っていたので、転載します。登録はこちら:http://www.peace2001.org/

■山田成雲■

■スマトラ沖地震■

12月31日現在、私たちグローバル・ピース・キャンぺーンでは、スマトラ沖地震の被災地となったインドネシア、タイ、スリランカ、インドの4ヶ国内で日頃から人道支援、救援活動、平和活動、地域活動などをやってきた信頼出来るグループと連絡をとり合っています。これらのグループの紹介は順次やっていきますので詳細につきましてはもうしばらくお待ち下さい。

■【留学生の一時帰国旅費】にご協力ください■

また私たちは、これらの国の被災地から現在日本に留学のためにやってきている留学生たちのグループと連絡を取ることを優先的に進めています。残念なことに彼らはすぐにでも自分たちの国に帰って何かをしたいと考えているのですが、ほとんどの場合、帰国する資金を持ちあわせてはいない状況です。出来ましたら、この留学生たちが、自分たちのふるさとに救援活動のために帰国する旅費を緊急に集めたいと思いますので、多少でも構いませんのでご寄付いただきますようお願い致します。

日頃から、アジア各地の貧困対策や文化向上に豊富なノウハウで関わってきた地域のNPOとNGO。ここに日本にいる留学生たちを『結び』その両者を支援するのが今回の私たちの目的です。

私たちは1999年9月21日に起きた台湾地震の時に、いち早くこの留学生の一時帰国受付を開始して、143名の台湾からの留学生が、祖国でボランティア活動をすることができました。その頃までの台湾ではボランティアという言葉もあまりなかった状態でしたが、日本から生まれたこのプロジェクトがきっかけとなって、『人を助けるという生き方』が見直されるようになりました。http://www.peace2001.org/genkimura/



■今が一番つらいだろう■

一瞬の津波で愛するすべてを無くした人たち。彼らは今が一番つらい時でしょう。ひとりでも多くの留学生が皆さんから送られた寄付金で帰国できて『人を助ける生き方』が出来れば、10年後20年後に彼らがその国を支える頃になって、今回のこの経験が宝物のように思える日が来ることでしょう。

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お振り込み先
郵便振替:オープンジャパン 00980−5−12290
※通信欄に【留学生】とお書きください。
留学生には往復の航空チケットを渡します。

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何かしたい。自分の街で募金活動をやってみたい・・・あなたの少しだけの勇気と行動力が、暗い世界を明るい方向へと変えて行きます。皆さんの力で一日も早く留学生が一時帰国できるようこのプロジェクトにご協力の程、切にお願い致します。

OPEN JAPAN
グローバル・ピース・キャンペーン日本事務局 山田成雲
http://www.peace2001.org/

バウさんは阪神大震災のときも大活躍した神戸元気村の元代表。911以来ずっと共にやってきていますが、ボランティアを彼のように組織し、動かせる人はいないでしょう。私も明日郵便局へ向かおう。バウさん、ありがとう。バウさんの本は『いのちの力をつかまえろ』がおもしろいです。

2005/01/04

あけましておめでとうございます

今、書いた原稿が消えちゃったんだー。ショックー。やりなおし。保存しないでプレビューを見て、前のぺージに戻ろうとしたら、どこかにいってしまった。こんなことも知らないで、いったいブログができるのだろうか。(なんでもそうだけど)痛い経験をしながら、覚えます。

心からおめでとう、というには、スマトラの地震と津波の被害や、イラクの状況が酷すぎる。けど、今、こうして生きて、新年を迎えられたことに感謝して、あけましておめでとうございます。

年 末(12月30日)についたおもちは、おいしくてって、毎日お雑煮やあべかわ、磯部まき、お汁粉やぜんざい、からみもち(大根おろしであえたおもち)な どを作って食べています。冬の大根は甘くて、おいしい。今我が家の庭にたわわになっているゆずをざく切りして、汁ごとサイコロ状にきった大根と一緒にお醤 油に漬け込むと、最高の一品ができます。ゆずが手に入ったら、ぜひお試しあれ。

1月2日にはここでいつもボランティアをしてくれている佐 々木パパがお友達を6人も連れてきてくれて、一緒に自然農法のビデオを見たり、平和や環境の話に 花がさきました。夜はいわしのつみれ鍋。いわしのすり身にねぎとしょうがをたっぷり入れて、味噌とお酒、塩少々で味付け、卵と片栗粉と小麦粉でつなぎ、よ くこねて、青竹を割った器に入れておきます。鍋に昆布ダシ、酒、塩、しょうゆ少々でオスマシ程度の味付けにして、白菜やにんじん、大根、レンコン、京菜な どの冬野菜と、きのこ(しいたけやしめじ)、しらたきなどを入れて一煮立ちしたら、いわしのすり身をスプーンで一口大になるよう、落とします。つみれ団子 が浮き上がったら、あつあつを召し上がれ。鍋を囲むと会話が弾みます。大勢のときに、ぜひ。楽しいし、おいしいし、いわしは安いから。

12 月12日に「911ボーイングを捜せ」の上映会でオーストラリア人のダミアンと仲良くなって、彼が大晦日に遊びに来てくれました。ダミアンはマックフ リークで、私にもマックを買え、とすすめます。確かにウィルスとかなくっていいんだけど、私は移動が多いから軽いのがいいのよね。1キロ以下のパソコンが ほしい。マックは2キロはあるでしょう?で、ダミアンは整理の名人。私のオフィスは資料の山がいくつもあったんだけど、それを全て箱に仕分けして、勝手に 大掃除を始めてしまった。私がそれを再チェックして、整理しなおしてます。おかげで見違えるほどきれいになりつつあります(といっても、すごい量の資料な ので、まだまだ大掃除は終わらない)。今はまだ書類と箱の海の中。でも、こんなことを始めたダミアンはえらい(自分じゃやらない)!感謝。

今 日からアコくんがまたやってきました。滋賀から青春18切符を使って丸1日がかりで鴨川まで来てくれました。アコくんは修験道のお寺で働いていたことも ある青年で、若いけど仙人の風貌。食べ物はお米と雑草さえあればOKというツワモノ。朝早くおきて、家を隅々まで清め、子どもとよく遊んでくれるアコくん は、私にとって天使。どこでも大人気で、引っ張りだこのアコくんですが、冬の間はここで留守を預かってくれます。

明日からはもう一家族が合流して、もっとにぎやかになります。私たちは10日から海外に旅たちます。911の映画を持って、オーストラリア、ニュージーランド、韓国で上映会をしてくる予定。またあっちからも、ブログを書きますね。

そ うそう、今日は久しぶりに年賀状も書いたのだ。去年はここにいなかったので、さぼったけど。私は自分からは年賀状は出さないけれど、もらった人には、写 真と手書きの特大年賀状を送ります。これが毎年なかなか好評です。B4サイズの世界に一枚の年賀状が欲しい人は、私に年賀状を送ってくださいね。ただし、 1月8日必着です。
〒296-0111 千葉県鴨川市仲1047 きくちゆみ

今年もよろしくお願いします。