2012/04/29

4号機の崩壊を回避するためにできること

福島第一原発4号機の燃料は、圧力容器の中にあるのではなく、格納容器の中にあるのでもなく、その外の使用済み核燃料プールの中にあります。水の中にある限り、冷やされているので大丈夫ですが、心配なのは4号機の建屋がガタガタなこと。1535本の核燃料が入っているプールは大変重く、しかも建屋の最上階に存在しており、その下は空洞なので、安定している状態とはとても言えない、ということです。

「次の大きな地震に4号機の建屋が耐えられるのかどうか(すでに傾きつつある)」ということを、世界が固唾をのんで見守っています。実際、海外の友人から私への問合せは、ほとんどが4号機の状態についてです。

米上院エネルギー委員会の有力メンバー、ロン・ワイデン議員(U.S. Senator Ron Wyden)が先日来日しました。その後、米国に戻った同議員は、福島第一原発の危機的状況をとくに4号機について「日本に緊急援助が必要だ」と訴えています。(カレイドスコープ)
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1232.html

何らかの理由で使用済み核燃料プールの水が失われ、核燃料がむき出しになってしまったら、どうなるでしょうか。

考えたくもありませんが、あり得る話なので知っておきましょう。

とある原発の溶融貫通(メルトスルー)から引用:
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/6132328.html

なかゆきてる(名嘉幸照)氏に会いました。
原子力技術者と核エネルギーの専門家併せて80人が彼の下で作業しています。
彼に「掌握はできていますか」と尋ねると
「それは東京電力と政府が言っていることです。
全ては安定しているとのことです。
しかしあの中にいる人達は信じていません。
4号機の使用済み燃料プールには1300本以上の使用済み燃料棒があります。
その上、使用前のものもたくさん貯蔵されています。
また強い地震が来たら建屋が崩壊する可能性もあります。
もしそうなると新たな連鎖反応が起こるかと考えます」

崩れ落ちた原発の周辺地域で今後再び強い地震が起きる可能性も
地震の専門家らによって指摘されています。
もしその時に破壊された原発が崩壊するようなことがあれば、
我々がその現状を既に知っているように
日本にとっては終わりを意味するでしょう。

<参照>
福島第一原発4号機燃料プール
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/nature/2012/03/post-566d.html

ーーー
終わるのは日本だけではありません。未曾有の放射能汚染は、全世界に影響を与えることになるでしょう。

もちろん福島からの距離と、そのときの風向きや海流により、濃いところ、薄いところ、健康被害の出る人、出ない人と差はあるでしょう。でも人間も動物も、多くのいのちがより幼い者から損なわれ、次の世代が健康に生きることがとても難しい世界になってしまうでしょう。

これを、なんとしても回避しなくてはなりません。

今のままこれ以上の放射能汚染を防げるなら、なんとか日本は再生できるでしょうし、まだ汚染されていない地域ではいのちを紡ぎ続けることができる希望があります。

(とはいえ、武田さんのこのブログは、悲しい・・:
あと3年・・・日本に住めなくなる日」http://takedanet.com/2012/04/32015331_272e.html

もはや福島第一原発事故は日本だけの問題ではなく、この地球全体の問題なのです。ワイデン上院議員を応援し、これを米国議会で大き取り上げてもらえるよう働きかけなくっちゃ。(オバマ大統領から野田首相に「こんな状態で再稼働なんて論外」と、きつく言ってもらいたいですね!)




*ご訪問ありがとうございます。人気ブログランキングに参加していますので、応援して下さい。











2012/04/28

チェルノブイリ事故後の健康被害〔医学資料の仮訳〕

はなゆーさんからいただいた「チェルノブイリ後の放射線影響による健康被害」についての仮訳を転載させていただきます。


この論文は核戦争反対国際医師団体ドイツ支部(IPPNW)に掲載されたものです。


「チェルノブイリ後の放射線影響による健康被害~ベラルーシ,ウクライナ,ロシア.欧州内)の4人のドイツ物理学者による論文」
Gesundheitliche Folgen von Tschernobyl - IPPNW
(注:PDF)
http://www.ippnw.de/commonFiles/pdfs/Atomenergie/Gesundheitliche_Folgen_Tschernobyl.pdf

なお、世界保機関(WHO)チェルノブイリ事故の健康影響の報告(注:PDF)
http://www.nihs.go.jp/hse/c-hazard/npp-ac/WHOFS_Chernobyl_200604.pdf
IPPNWの報告とWHOの報告を比較すると,WHOの報告がかなり過小されているのが明確です.
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
【グラフ】ベラルーシでの1985~2004年の甲状腺癌の発生率
https://plus.google.com/u/0/105354765105306904175/posts/icQnETkBBES

出典は「チェルノブイリ後の放射線影響による健康被害~ベラルーシ,ウクライナ,ロシア.欧州内)の4人のドイツ物理学者による論文」45ページ
Gesundheitliche Folgen von Tschernobyl - IPPNW
(注:PDF)
http://www.ippnw.de/commonFiles/pdfs/Atomenergie/Gesundheitliche_Folgen_Tschernobyl.pdf
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
p44.
ミンスクの保健省 Vassili Kazakov
から,1992年にはベラルーシの子供たちの甲状腺癌は世界の平均に比べて80倍多かったと報告されている.2001年末までにDr,Lengfelderらの報告によるとベラルーシの幼児と青年は、1,000人以上の甲状腺癌があった

2004年にDr.Okeanovの論文で,ベラルーシの子供の甲状腺癌は100倍以上増加していると発表されている.

Dr,Okeanovは成人でも、甲状腺癌が急激に上昇していると示している。
チェルノブイリ前は,ベラルーシでは成人の甲状腺癌は,まれな病気であった.
チェルノブイリの4年後,1990年以降には,甲状線癌の疾病率は世界で最高値に達した.

1980年の、甲状線癌の標準の年間発生率は30歳以上の成人においては,10万人の住民に対して,1,24%であった.

1990 には 1,96% そして 2000年には  5,67%の甲状線癌率である.

Dr.Lengfelderらは,事故時の1986年から,放射線ヨウ素で被爆した幼児,青少年,成人らの甲状線癌がもっと増加しているのを明らかにしている.

しかし、また、事故の時すでに成人していた人も、癌のリスクが劇的に増加した.

チェルノブイリ後(1986年-1998年)は,チェルノブイリ前(1973年から1985年)に比べて,50才から64才の間の年齢に、癌が5倍に増加した.

64歳以上の人で、癌は2.6倍に増加した。

p43.
ウクライナも、チェルノブイリメルトダウン後,甲状腺癌が増加した。

チェルノブイリ後、甲状腺における放射性ヨウ素の含有量の検査を11万人の子供、40,000人の大人にして,癌の登録を設置した.

1993年迄に、この登録は、子供の甲状腺癌が418件あったことを記録している。要素の内訳と地域ごとに明確に示している.

ウクライナのベラルーシとロシアでDr,M.M. Fuzik らが甲状腺疾患の広範な調査をした.
研究は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの癌の登録のデータに基づいている。
このデータは,チェルノブイリ事故で幼児が最高の病気率を示している.

チェルノブイリ(1982年-1986年)の前の年に生まれた子どもに比べて,チェルノブイリ事故の時,生まれた子供は数年生きる年数が少なく,

チェルノブイリ後の年に生まれた子供たちは(1987年-1991年)より甲状腺癌の病気が多い.

高被爆した子供は,特に乳児と幼児が敏感で,放射性ヨウ素の影響で癌の発生が起こることが明かに示されている.

ベラルーシの子供たちの悪性癌は,早期に他の組織に移転する.

1つの甲状腺の腫瘍結節が直径 10 mm に成長する.
43%はリンパ線に,3%は他の臓器に転移する.

Dr.Fuzikらの全ての12地域の調査で,得に強く影響したチェルノブイリ3地域、ベラルーシ、ロシア、ウクライナで,チェルノブイリ事故後,約4~5年から0才~14歳の子どもの甲状腺癌が増加した.

これらは、ウクライナの地域の,Vinnitsa, Zhytomir, Cherkassy, Chernigov , Kiev市 と前ロシアのGomel 市, Mogilev ,ロシアの Bryansk, Kursk, Orjol ,Tula市であった.

強い影響を受けたGOMEL市で甲状腺癌が増加した.その次は Bryansk村, Orjol, Kiev 市, Kiev村, Chernigov村, Mogilev und Zhytomirであった.

p42.
アメリカ合衆国の科学者 F.A.
Mettler教授は,チェルノブイリ地域の子供の甲状腺癌の組織サンプルでチェルノブイリプロジェクトの科学者が、ベラルーシ保健大臣に真実でない報告をしているの知っていた.

汚染の激しい地域GomeLで子どもたちの甲状腺疾患が増加しているのが明らかになった.

だが、この報告は無視された.

1995年11月20~23日まで,世界保健機関(WHO)はチェルノブイリ事故と他の原子力事故による健康影響に関する国際会議を開催した.

会議では,特に原子炉の大惨事後に高度に汚染された地域に住んでいる子供たちの、甲状腺癌の急激な増加の調査結果が提示された.

予想以上に,はるかに速く発生率は増加している.

WHOの専門家 Keith Baverstock は,原子炉事故で
驚くほど短い時間に癌障害の増加があり,さらに,ベラルーシの子供たちは恐ろしいほど成長する腫瘍と他の組織に広がるのを予想している。

子供の甲状腺癌における最大の増加はGOMELの汚染された地域で発生した。

すべての甲状腺癌の約50%はベラルーシのこの地域GOMELで,子供たちの間で発生している。

甲状腺癌の場合,この場所では大人も1位で,ゴメル地域では0才から18歳の子供は、1998年には年間数,58倍高くなっている.

甲状腺癌の子どもたちの大半は6歳未満で,半分以上は、4歳未満であった.

ベラルーシの子供たちの甲状腺癌の発生率(0~14歳)は,1995年にピークに達した.

早い段階で,子供達に,急速に成長する甲状腺癌と他の臓器に転移して急速に発達する癌、得に肺癌が起こった.

p41.
東ドイツの原子力安全,放射線医学部門と放射線防護局のD. Arndtはチェルノブイリの4年後にS.Pflugbeil氏に,チェルノブイリ地域の問題は,日状生活の変化による心身(ビタミンの不足/主に家に居るだけ)が原因で,彼らは歩かないで,十分な野菜を食べないのは彼らの責任だと書いている.

専門家のこのような無知は,初期の医療援助を遅くさせた.

ソ連からの最初の甲状腺疾患の詳細な情報は,1990年の秋にBELRINで,Minskの女医 Maria Ankudowitschは,放射線被爆によって、甲状腺癌だけでなく,多くの甲状腺結節が起こり,様々な形の自己免疫性甲状腺炎と甲状腺機能低下症を誘導すると報告している.

放射線被爆した甲状腺を持つ子供のホルモン状態は,小児と青年の発達障害と機能障害のリスクを増大させる。

神経内分泌調節異常によって、下垂体疾患、副腎疾患、膵臓、乳癌および卵巣の癌が増大する可能性がある.

ベラルーシの南部地域では, 10 Grayの放射線量の被爆をした子供は5%であり.非避難区域では1Gray被爆した子供は20%である.

ベラルーシの子供たちの間で甲状腺癌は特に増加した.通常、甲状腺癌は高齢者が発生する病気である。

子ども達には,甲状腺癌は極めてまれな病気である。

ベラルーシでは,1986年まで子供の甲状線癌の年間発生率は0人~2人であった​.

1989年7月から1990年の秋までに子供の甲状線癌は22件あった。

過去の経験より、思ったよりも速く,この期間に甲状線癌になるのが明らかになった.

この勇敢な医師は,続いて専門的な研究をするのが,公には困難になった.

1991年の春、IAEAは,国際チェルノブイリプロジェクトで"検査で子供達は健康であった,データーでは,事故以来、白血病や甲状腺癌の増加を示さなかった"と発表している.

p40.
6.甲状腺癌や他の甲状腺疾患

6.1.チェルノブイリ地域

ソビエト連邦保健大臣E. Tschasowは,災害2年後に,チェルノブイリ原子力発電所の事故が地域の住民の健康に影響を与えていないと確信を持って言うことができると„Prawda“(ソ連共産党の中央機関)に書いている.

数年,モスクワでは秘密にされていた.1989年3月に初めて, L.A.Ilyin教授らによりチェルノブイリの放射線汚染による健康への影響に関する最初の報告がされた.

ILYIN教授は9地域の39地区で次の30年間に158000人の子供(0-7歳)の内90人の子供が甲状腺癌になるだろうと予測している.

Ilyin教授は放射線に関する国際機関(ICRP、UNSCEAR)の中で今日もロシア代表として表明をしている.

1990年1月、ミュンヘンの放射線生物学研究所の所長Kellererは,赤十字の報告書に甲状腺機能の障害は特に問題だと書いている.

甲状腺検査はより頻繁に実行されなければならなく,又継続した検査で甲状線疾患が発見される.

医療専門家の大半は,放射線被爆をした人民は,加えて病気率が増加すると結論している.

p39.
フィンランドではチェルノブイリ放射性降下物により高い放射線で汚染された地域の住民の中で1986年の8月から12月までの出産の期間で障害が現われた.
(研究の結果,フィンランドの国民は,高い放射線降下物に被爆していた.)

J. Pohl-Rülingの研究結果でザルツブルク(オーストリア)の人々がチェルノブイリの原子炉事故の影響でリンパ球の染色体損傷があることを発表した.

リンパ球の染色体損傷をした人々はチェルノブイリの前のデータと比較して6倍に増加した.

チェルノブイリ原発事故後,スコットランドとスウェーデンはベルリン、ベラルーシのように ダウン症候群(Trisomie21)の急激な増加があった.

チェルノブイリ原発事故後,影響を受けたウクライナ、ベラルーシ,ロシアは、染色体異常の増加を証明できる。



p38. 他の国.
フィンランド、リトアニア、ポーランドの放射線セシウム137の汚染はキログラム当たり数千ベクレルである.

(5.3)他の国々.
1987年の初めに、チェルノブイリ後,雨の影響を受けたトルコ西部では、新生児の先天性欠損の発生率が高くなったと報告されている.

西部の黒海沿岸 Düzce市では,1986年に無脳の新生児10人が生まれている.

Düzce市の民間病院の主任医師 Faruk Tezerの情報では,致命的な奇形,無脳症は3人であった.

別の異常は神経組織欠損が報告されている.

フィンランドでも高い放射線汚染された地域は奇形率の増加(中枢神経系(CNS)障害と手足の奇形)が記録されている.

中枢神経系欠陥の多くのケースが,Odense市,デンマーク、ハンガリー,オーストリアでもあった.

ブルガリアの Pleven地域では,心臓の奇形、中枢神経系、複数の異常があった.

クロアチアのZagreb大学病院では,1980年から1993年の間に早産や新生児が出生後28日以内に全員死亡していた.

ここでは,チェルノブイリ後,中枢神経系異常のな増加率を示した.

フィンランドのDrL.Saxénは母親の妊娠の最初の3ヶ月間で早産が大幅に増加していると明らかにしている.


p36.
Dr.H. Scherbはバイエルン州ではチェルノブイリ事故後,放射線セシウムの土壌汚染によって,奇形が増加したことを発見した.

(1984年-1986年)に比べてチェルノブイリ原発事故後(1987年-1991年)は奇形グループの唇、顎と口蓋など先天性奇形の発生が頻繁に増加した.

Dr.ScherbとDr.Weigeltの奇形データ分析の研究から.(バイエルン州の環境省による要請)

バイエルン州はチェルノブイリ後,1986年10月から1991年12月の間に奇形児が1000人から3000人生まれたと推定できる.

土壌汚染(1 kBq/m2)で死産のリスクは0.5パーセント~2.0%であると推定できる.

セシウムCs134と137の外部放射線量(1mSv/a)の場合,死産の危険性は1.6%になる.

生殖障害に関しては(比較的高い)率であった.



p35. ドイツの場合.
Hamburgでは,チェルノブイリの年1986年に30年間で2番目に高い,出生時体重が2500グラム未満の早産児と末育児の増加があった.

ハンブルクの上院の市会議員 Ursula Caberta y Diaz が上院の質議応答で新生児の早産による未熟児の数を発表した.

チェルノブイリの年は出生児の体重低下(未熟児)の子供は67人である.(1985年は60人であった)

東ドイツでは,チェルノブイリの放射線の影響により奇形児が増加した.

東ドイツは、16歳未満の死亡した子供は,すべて解剖される. Jena市では1986から1987までに奇形児の登録は1985年と比較して4倍になった.

東ドイツで登録された奇形児と中枢神経系障害と、口唇口蓋裂は1987年には9.4%増加した.

放射性降下物による影響を受けた3つの北の地域で、1980年と1986年と比較して最も現れた.

西ベルリンでは、1987年のベルリンでの毎年の健康診断報告で奇形児と死産児が倍増したと発表されている.

手と足、そして、心臓や尿道の奇形がもっとも増加した.

南バイエルン州は,高いセシウム放射性降下物の影響により,北バイエルン州に比べて1987年後半には妊娠中の女性の奇形児の率はほぼ2倍になった.

1987年の11月と12月の、バイエルンの地域のセシウム土壌汚染による奇形児率は非常に重要である.

A. Körblein と H. Küchenhoffは南部と北部のバイエルンで,7ヶ月の間,放射線セシウムの影響を受けた妊産婦の奇形児率を正確に示した.

1987年の11月と12月には最も汚染された南ドイツの24の地域での奇形児率はほぼ3倍であった.(バイエルン州の放射線の低い影響を受けた24の地域と比べて)

最も汚染された10地域は,放射線の低い影響を受けた10地域に比べて,ほぼ8倍の奇形児率である.

子供の死産の増加率は確実である.

チェルノブイリ後の幼児の奇形のデータがあるのはバイエルン州だけである.


p.34. ドイツの場合.
精子の破壊は放射線降下物によるといえる.
(特に母親の年齢による)

ベルリンでは4月29日から5月8日までの期間に高い放射線被爆した5組の夫婦の,その子供は母親がわの原因で余分な染色体が5例,その後には6例発見された.

stellten Sperling とMikkelsenの遺伝研究で確認された.

高い放射線と染色体異常の関係は12例の内8例である.

1986年の春の環境中の高放射線量による空気や汚染された食べ物が原因である.

卵巣と甲状線の間の総合関係と卵巣に直接ヨ-ドが集積されることも議論されている.

ドイツ政府の人体遺伝子の研究機関の全国調査で,28737人の出生前の染色体分析の分析では1986年にはTrisom21(ダウン症候群)が237例あった.高い放射線被爆をした生殖胚が原因だと考えられる.

高い放射線に汚染された南ドイツの地域では,これが頻繁にあった.

ベルリンの教授Sperlingと原子力安全協会 Pierre Verger と放射線防護研究所のRoses Cedex (フランス)の研究で母親の年齢と出生前の被爆の関係で放射線により染色体異常(ダウン症候群)が発生することが確認された.



P33.
5.2. ドイツ連邦共和国

1987年1月、チェルノブイリ9か月後、 München市の (Dr. Klaus
Waldenmeyer)の実験室で行われた新生児の遺伝子検査で,新生児の(ダウン症候群)が2~3倍になった.

Dr. Waldenmeyerの観測の結果,災害後9ヶ月間で明らかに,新生児の遺伝的変化が増加している.

ミュンヘンでは、 Trisomie 21(ダウン症候群) が6例ある.

K. Sperling はチェルノブイリ9ヶ月後、ベルリンでTrisomie 21(ダウン症候群)が急激に上昇した.

1987年1月西ベルリンでは,12人の子供がダウン症候群になった.通常は2-3人がダウン症候群である.

この期間ベルリンでは最も高い放射線量が検出されている.

K. Sperlingはダウン症候群率が1987年に高くなったことを,1994年のイギリスの医学誌に詳細なデータ分析で確認し発表した.

彼の分析は数字上,非常に正確である.

ダウン症候群になる人は1つの染色体(染色体21)が3つの内2つになる.

彼らは合計47の染色体が46になる.母親の受精によって生殖細胞が分裂減少し遺伝子が変化する.

この結果,子供は知能が減少し,典型的に外観が変化する.

又,感染症にかかりやすく,そして,心臓障害などの内部組織の奇形がおこる


p31.
1,000人の子供の出生あたり,奇形児は22.4人であった.

ほぼ10年間で倍増した。特に、無脳症の上昇率であった.(無脳症)その他は二分脊椎(開背骨)、口唇裂/口蓋裂、多指症.手足の損傷(指や足の指の数について)などである.

Dr.Petrovaと同僚はベラルーシの中の子供の貧血や生まれた子供の先天性奇形の増加率を観察した.

チェルノブイリの9ヶ月後,1987年1月には,ベラルーシの場合は、新生児における(ダウン症候群)がより増加した.

(1981年から2001年までの観察.)

チェルノブイリ放射線降下物で1987年1月にダウン症候群の発生率の増加は,チェルノブイリ事故が原因である.

モスクワ大学と Leicester大学の研究者は,事故の時に原子炉から300キロ離れて住んでいた両親の,79家族の血液サンプルを検査した.

研究者は1994年2月から9月に生まれた子供たちの間で、驚くべきことに突然異変が倍になったのを発見した.

2歳になった子供の検査で,親の生殖細胞における遺伝子変化から遺伝するのが分った.

テキサス大学の David Hillis教授はチェルノブイリの近くで汚染された食べ物で生きていた野鼠の検査結果で,野鼠の突然異変率は通常より10万倍高くなっている.

Dr.odlevskyはウクライナ地域のLugynyで新生児7人の先天性発育異常と疾病率を報告した.

新生児の疾病率は1985年には1,000人あたり80例,1995年には約4倍に増加した.

発達異常​の絶対数は1985年は4人,1989年は17人、1992年に33人と増加した、その後、1996から11.76人に減少した.



p30.
ヨーロッパで122000人が、チェルノブイリ事故の結果として遺伝子損傷したと予想される.

(5.1)-チェルノブイリ地域.

チェルノブイリ原子力災害発生後,約一週間でウクライナでの様々な場所で住むドイツ人がドイツに戻って来た.

これらの人々の個人の染色体分析の結果,染色体損傷が驚くほど大幅に増加していた.(DNA損傷)

染色体異常は2倍になっていた.検出されたほとんどの人は毎日,ウクライナの企業で働いていた.

チェルノブイリ原発から400キロ離れたウクライナに滞在していた.

血液検査の為に,これらの人の血液サンプルを1986年5月から取られた.

Dr.Lazjukと同僚はベラルーシ地域の奇形の増加数の研究の為に5週間~12週間の胎児の調査をした.

Dr.Lazjukの1985年から1994年までの先天性奇形率の公開データで,ベラルーシの1,000人あたりの内,1985年には12.5人の奇形があった.

1994年は,1,000人の内17,7人が奇形であった​.

1991年から超音波で、可能な限り早い段階で奇形を見つけることができるようになった.

超音波検査で中絶は1994年に(1551件)ある.


p29. 遺伝と奇形(奇形出産)
多数の世代にわたり,奇形で生まれた子供は短い寿命であることが,研究室で調査することができた。

チェルノブイリ事故後の人間の遺伝子損傷の観察は始まったばかりである。

ロシア科学アカデミのVavilov遺伝学研究所はチェルノブイリ災害によって引き起こされた遺伝子の損傷は下記の通りである.

基本的なデータに基づいて,ヨーロッパの集団線量の放射線による,いくつかの原因で遺伝子が損傷されるという結果がでている.

遺伝性疾患は,前のソビエト社会主義共和国の汚染された地域では,最初の世代の1200人~8300人が遺伝子損傷があると予想される.

初めの世代の遺伝的損傷される人数は合計で10%発生すると予想される.

これは、チェルノブイリ地域の汚染された地域は,合計で12000人~83000人が遺伝的損傷があることを意味する.

北半球では,最初の世代に3300人から23000人が遺伝的損傷が発生し,長期間ではチェルノブイリ原発事故の放射線影響により遺伝的損傷は30000人-207500人が発生する.

驚いたことに,ロシアの評価より,チェルノブイリ原発事故による放射線降下量がヨーロッパでより大きいことである.

遺伝損傷の推定は,チェルノブイリ地域よりもヨーロッパの方がまだ高いと予想される.

この理由は,欧州諸国が,はるかに人口密度が高いということである.

チェルノブイリ後の,ヨーロッパの最初の世代は全体として18000人が遺伝的損傷があるとみなされる.


p28.
Dr, Scherb とDr.Weigeltのデータ分析で,1977年から1994年までの間のフィンランドの死産の動向が1987年に非常に変化したことは,重要な発見である.

スウェーデンでは約2倍の死産を記録され,ハンガリーの死産記録は,約3分の2だったと隠蔽されている.


p27. (他の国)
Dr.Körbleinは月刊データで,ウクライナのZhytomyr地域とポーランドは1987年の初めに乳児死亡率は大幅に増加した事を発見した.

Dr.ScherbとDr.Weigeltもいくつかの国での乳児の死産率を調査した.

チェルノブイリ地域の外側は、もっとも,チェルノブイリ放射線降下物の大きな打撃を受けた。

彼らの分析によると、ドイツバイエルン州、東ドイツ、西ベルリン、デンマーク、アイスランド、ラトビア、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、ハンガリーの国々の乳児死産は1986年には4.6%,1987年から1992年までに8.8%,1981年~1985年に比べて1987年~1992年は大幅に増加した.

1986年から1992年迄に約3200人の死産の記録が出ている.

思っていた以上の結果である.

同じ期間に,これらの国々は,平均にして年間約460人の乳児死者が増えている.

フィンランドでは、チェルノブイリ原発事故でスカンジナビアで最も汚染された国である.

フィンランドの研究では,チェルノブイリ原発事故後,放射線セシウム137の土壌汚染と高放射線の影響で,初めの4ヶ月に早産が大幅に増加している.
(Dr.ScherbとDr.Weigeltはフィンランドでの死産の研究をした.)



p26.
Alfred Körblein und Helmut Küchenhoff
は1997年の論文でチェルノブイリ事故後,ドイツ全国で胎児の妊娠期死亡率が増加したと発表した.

毎月の死亡率の分析で 妊娠中の放射能セシウム被爆で妊娠7ヶ月後に,胎児死亡率が増加する事を示した.

1986年の冬から1987年の冬に,汚染された動物飼料で出荷された農産物が関係している.

ドイツのNeuherbergのGSF環境と健康の国立研究センタ-のHagen Scherb と Eveline Wiegeltは1987年にドイツでの妊娠期死亡率が5%増加したのを発見した.

約300人の追加の例がある.

Scherb教授とWeigelt教授の胎児の死産統計の結果を他の欧州諸国は過小評価している.

南ドイツでは、乳児死亡率は、チェルノブイリ後に高い数値を示した.

1991年にミュンヘンの環境研究所のチェルノブイリ事故の影響に関する研究で1986年4月のチェルノブイリ事故の影響でドイツの低汚染地域と高汚染地域の乳児死亡率の調査では,高汚染された南ドイツでは1986年の初夏から1986の冬までに早期新生児死亡が増加しているのを示している.

Körbleinの出生率の研究で,チェルノブイリの事故の影響で頻繁に自然流産が起きている事を明らかにした.

そして南部のバイエルン州と北部バイエルン州の出生率の違いを示した.

チェルノブイリの放射性降下物による影響で北部バイエルン州よりも
南部のバイエルン州内の出生率は1987年の2月には(予定されている出産は615人)11%減少している.

北部バイエルン州では4%だけ減少した.

Dr. Alfred Körblein (ミュンヘン環境研究所)はマインツの小児癌の研究で知られているJörg Michaelis教授より,原子力発電所地域の癌の病気の発生率が完全に異なっている事を明確にした.Michaelis教授と以前の連邦環境大臣メルケル首相はdr.Körbleinの研究を評価している.

ドイツの原子力発電所周辺の癌の病気の発生についての彼の新しい研究解析は重要な役割りをした.



p.25
Ketchum 氏は ,西ヨーロッパではチェルノブイリ事故が理由で10万から20万人が妊娠中絶しているとIAEAに情報を与えている.

チェルノブイリ地域からの医師や女性から(チェルノブイリ事故後数日から数週間で中絶した)十分な証拠があるが,誰も話さないし,正確な日付については分らない。

ICRPとNRPBの長年のメンバーDr.MOLEはチェルノブイリ事故の前から流産は個人的にも社会的にも重要な問題ではなかったと延べている.

私達はDr,MOLEの評価を共有しない。私達は,チェルノブイリ原発事故の放射線被害者の妊娠中絶の驚くほど多い数を述べたい.

*4.2  (ドイツで起こったこと)
ベルリンで1986年に、乳児死亡率の異常な増加がある.

1985年に比較して、1986年にはベルリンでは,1000人の乳児出生の内,乳児死亡率は10.6%から12.5%に増加した.

*5.0.
ドイツ人でない(外国人の)乳児の死亡率は,1000人について,9.6から14.3に上昇している.

生まれて最初の1週間後から,1年迄に死亡率は26%増加した.

チェルノブイリ以前には、乳児死亡率は減少していた.

1975年から1987年まで M. Schmidtと H. Ziggel und BREMENのG.
Lüning物理学教授は,最初の7日間の乳児の死亡例の研究をした.


51.
早期新生児死亡は1986年の春には,ドイツ全国で減少していた.

チェルノブイリ事故1か月後,変化が始まった.

南ドイツの,特にバイエルン州、バーデン·ヴュルテンベルク州は、チェルノブイリ後に高放射線が検出された地域は,

北ドイツ(放射線降下量が低い)に比べてかなり多くの新生児の死亡が記録されている.

核兵器テストによる大気中の放射線放出による乳幼児死亡は十分に研究されていない.


p24.
1987年にベラルーシのゴメル地域の周産期死亡率はベラルーシの他の地域に比べて,より増加していると記録されている.

1990年代前半に,ベラルーシの中の高汚染地域Gomel市はベラルーシの他の地域に比べて約30%周産期死亡やその他の異常妊娠がより増加した.

A.Körblein氏は,高い放射性ストロンチウムの吸入は,思春期に遅い結果として表れる可能性があると確認している.

分析したところ、1987年から1998年のデータでゴメル地域では431人の新生児が死亡した.(周産期死亡率)

1987年の研究は放射性セシウムの影響に限られていた.1998年の終わりまでストロンチウムの人体に対しての影響が研究がされた.

1988年後に死亡した新生児の数は1987年の10倍である。

Körbleins氏のデ-タは,従来の放射線規定でのストロンチウムによる人体の放射線影響は、大きな過小評価をしていると説明できる.

Körbleinの研究結果は,1950年代と1960年代の地上核爆弾のテストの後の新生児周産期死亡率の変化として現れている.

(他の例.流産や妊娠中絶)

チェルノブイリ後の流産と中絶はいくつかの証拠があるが,ウクライナでは無視され,沈黙された.

ポーランドでは前の年に比べて、1986年には、大幅に子供の出産が減少した.

Trichopoulos氏はギリシャでは、チェルノブイリ後,1986年の5月,23%の妊娠中絶があったと1987年に報告している.

(ギリシャでは合計2500人が妊娠中絶した.)




p23.
(4)乳児死亡率について.

核兵器のテストの時代から,乳児死亡率は,放射線被曝に敏感だと良く知られている.

したがって,いくつかの研究でチェルノブイリの近くは高い乳児死亡率があることは驚くべきことではない.

又、遠く離れた西ヨーロッパでも乳児死亡率が表れている.



(4.1) チェルノブイリ地域

ウクライナのベラルーシの地域は,原子力災害後,1987年には、死産、早期新生児死亡,(周産期死亡率)が増えている.

Alfred Körblein氏は,放射線セシウムの影響に関係していると結論している.

1989年以降ウクライナのベラルーシは周産期死亡率が増加した.この新たな増加は妊婦のストロンチウム被爆に関係があるとしている.

ウクライナでは、 "セシウムの影響" "ストロンチウムの影響"が優位を占めている.

確かに1987年に,ウクライナのジトーミル、キエフ郊外、キエフ市内の3つの地域で放射線セシウムが原因で151人の新生児が周産期死亡している.

そして,1988年から1991年の間に712の子供たちがストロンチウムの影響により死亡している.

これは,チェルノブイリ地域はセシウムとストロンチウムの影響で,863人の新生児が死亡した.(周産期死亡率)

チェルノブイリ原子炉の近くの2つの汚染された地域では、周産期死亡率やその他の異常妊娠の増加が記録されている.


p,22.
ロシアの Obninsk市の子供と比較して,チェルノブイリ原発事故救援隊員の子供は,全ての病気の種類について増加している報告がある.
(1994年~2002年までのデーター)

特に癌や白血病、先天性奇形、内分泌代謝疾患、精神性疾患および行動上の問題がある.

数年で泌尿生殖器系、神経系および感覚器官の病気の大幅な増加があった.

病気の発生率は特に1999年に高くなった.


p21.
Yarilinは、チェルノブイリ陸軍原発事故救援隊員の12種類の病気発生の変化を次の概要にまとめた.
表:原発事故救援隊員の12種類の疾患の発生率
(10万人のデ-タ-から)

病気/臓器グループ 1986年 1987年 1988年 1989年 1990 1991 1992 1993
感染症と寄生虫 36人 96 197 276 325 360 388 414人
腫瘍 20 人 76 180 297 393 499 564 621人
悪性腫瘍 13人 24 40 62 85 119 159 184人
内分泌疾患 96人 335 764 1.340 2.020 2.850 3.740 4.300人
血液と血液形成組織 15 人 44 96 140 191 220 226 218 人
精神的変化 621人 9.487 1.580 2.550 3.380 3.930 4.540 4.930 人
神経系と感覚器官 232人 790 1.810 2.880 4.100 5.850 8.110 9.890 人
血行障害 183人 537 1.150 1.910 2.450 3.090 3.770 4.250 人
呼吸器系 645人 1.770人 3.730 5.630 6.390 6.950 7.010 7.110 人
消化器官 82人 487 1.270 2.350 3.210 4.200 5.290 6.100 人
泌尿生殖器 34人 112 253 424 646 903 1.180 1.410 人
皮膚と皮下組織 46人 160 365 556 686 747 756 726人


3.5
チェルノブイリ陸軍原発事故救援隊員の子供

原発事故救援隊員の子供の遺伝性組織の突然変異の異常が多数発見された.

Haifa大学の科学者は,チェルノブイリ事故救援隊員の子供とその兄弟は遺伝性組織の突然変異の異常が7倍であると証明されている.

遺伝的変化がいちじるしく,そして,子孫に継続されると明らかにされている.

特に子供は事故直後に複数の突然変異が発見された.事故から時間が過ぎるとその数は減少した.

子供の父親は検査で50から200 mSvの放射線量被爆をしていた.これは、原発労働者の10年間の被爆量である.

Sheban教授と彼の同僚Prilebslaya教授は,原発事故救援隊員の子供700人の甲状腺疾患の進行状態を観察し,研究し,原発事故救援隊員の子供のことが明らかにされた.


p20.
神経疾患や腸管疾患、感染症,寄生虫疾患などの消化器の疾患が著しく増加している.

又,ロシアの記録では、チェルノブイリ陸軍原発事故救援隊員は、炎症性消化器疾患に苦しんでいる.

ウクライナ大学放射線医学研究センターのPavel
Fedirko氏は5200人の原発救援隊員を診察して95%が眼病,白内障、黄斑変性,慢性結膜炎に苦しんでいると発表している.

生物化学者Elena Burlakovaは長年,低放射線の人体の細胞組織の影響の研究(原発救援隊員と被爆していない国民グループ)に携わってきた.

特に子供と30歳未満の若者は,低放射線量によって抗酸化系システムが破壊され(早く老化する)と結論を得た.




p19.
チェルノブイリ事故後の,トラック運転手の多くは運転中に眠ってしまうので彼等の仕事を放棄しなければならなかった

Konstantin Loganovsky氏(Kiev) と Pierre Flor-Henry氏 (Alberta,
Kanada)の観察でチェルノブイリ原発救援隊員(慢性疲労)は,脳血管疾患、総合失調症や慢性疲労が増加していると発表している.

又,左大脳半球の左側皮質の変化を脳波で発見している.0.15から0.5svの放射線被爆で,様々な神経と精神疾患がおこると指摘している.


3.3 (心臓と循環器疾患)
世界保健機関(WHO)の調査によるとチェルノブイリ原発救援隊員は心臓血管疾患が増加していると注目している.

ロシアではチェルノブイリ原発救援隊員の大部分は障害や心臓血管系の障害で苦しんでいると発表している.

D. Lazyukはベラルーシのチェルノブイリ原発救援隊員を1992年~1997年の期間,観察して心臓血管疾患が急激に増大し.又,原発救援隊員の致命的な心臓血管疾患の発生率(22.1%)で他の国民は(2.5%)と比較している.

原因は放射線による血管損傷だと説明されている。


3.4 (その他の疾患)
世界保健機関(WHO)の調査によると、ロシアのチェルノブイリ原発救援隊員は統計で血液疾患の増加と内分泌疾患が増加している.


p18
St. Petersburgの陸軍診療所で救援隊員1600人を調査したら80%が非常に心理的に苦しんでいる.40%が記憶喪失,神経疾患などで医者の助けが必要である.

チェルノブイリ原発救援隊員1万人が、うつ病、記憶障害,失語症を訴えている.

モスクワ放射線センタ-の精神科医MALOVAは,私達の理論で言えることは,脳への血行が悪くなっている.そして.さらに悪くなる可能性がある。これらの疾患は陸軍原発救援体員の場合,他の人々に比べて,頻繁に起こっている.48%は死亡している.解剖結果は血栓や血液循環の問題のために死亡した。


2番目の,死の原因は癌である.(28%)

除染仕事に参加した赤軍兵士約20000人は,治療と研究プログラムに含まれている。ほとんどの人は精神的にも肉体的にも病気である。

悪夢の体験を治療するのは彼らにとって苦しみである.

BERN大学病院耳鼻咽喉科Andreas Arnold氏はチェルノブイリ陸軍原発救援体員は中枢神経系のめまいの症状の病気が多いと発表している.


p17.
3.2 神経の損傷.

1990年の秋,ベラルーシの精神科医Kondrashenko(ミンスク)は原発災害の影響で中枢神経の損傷を警告している.脳の放射線被爆をした人は細胞が変化することを発表した.

核兵器のテストの地域Semipalatinsk (Kasachstan)周辺の村人の間で 神経の損傷,感覚器官や頭痛など十年間,報告されている.

この報告は、西洋では真剣に受け止めていない.これはチェルノブイリ事故後"放射線恐怖症"と言われた.(ベラルーシの12地域の癌診療所の95000個のデータから)


p16.
ウズベキスタンでは、10000人のチェルノブイリ原発事故に関係した救援隊員が登録されている.

救援隊員は5年以内は,病弱者は8.3パーセントであった。原発災害後の10年間で,病弱者は73.8パーセント、500人以上が死亡した.

68.8パーセントは4~5種類の病気で苦しんでいる.

被爆した救援隊員の病気の発生率は非常に高い.それは,脳症、慢性胃炎、十二指腸の慢性粘膜炎症、慢性肝炎、胃·十二指腸潰瘍、慢性胆嚢炎、動脈高血圧症、血性心疾患、慢性気管支炎、慢性腎盂腎炎、慢性の前立腺の炎症や脊椎の変形疾患などである.

2005年9月初旬,チェルノブイリ·フォーラム(国連機関)の会合でウクライナのAmosovaさんは,ウクライナで17,000以上の家族が父が救援隊員として死亡したため、年金が支給されていると報告している.

さまざまなデータから,今日,50000人から100000人の救援隊員が死亡していると仮定されている.


3.1 - 癌と白血病.
1986年と1987年には,チェルノブイリ原発救援隊員は白血病が統計的に増加している.

ロシアは現在では、多くの事故救援隊員が白血病、肺癌、その他の腫瘍や障害で非常に苦しんでいる.

(第3回国際会議,チェルノブイリ事故の健康影響から、15年間の追跡研究結果.)


p15.
チェルノブイリの軍人会の副会長geogy氏は,チェルノブイリの原発救援隊員の多くは,病気で苦しんでいると述べている.

1992年9月,ベルリンでの放射線被害世界会議でミンスクの
Lepinでは7万人の原発救援隊の内13000人は死亡していると報告された.ウクライナ保健省は、2002年に1987年から2002年までに病気と認められた人は21.8パーセントから92.7パーセントに増加していると発表している.

第十九回チェルノブイリ原発災害の記念日に、パリのウクライナ大使館長は、チェルノブイリ原発事故の救援隊員は94%病気になっていると述べた.


p13.Tschernobyl原発事故によって汚染された広域.
直接に被害を受けた人々
ベラル-シ 2.500.000人
ウクライナ 3.500.000人
ロシア 3.000.000人

135.000人 避難した人数.
400.000人は家を失くし,移転した.
3.000.000人 はこの放射線量で,現在も生活している. > 185.000 Bq/m2 (5 Ci/km2)
270.000人 はこの放射線量で現在も生活している. > 555.000 Bq/m2 (15 Ci/km2)
汚染された地域:
ヘ゛ラル-シ 30% 62.400 km2
ウクライナ 7% 42.000 km2 +40% 森.
ロシア 1,6% (一部はヨ-ロッハ゜) 57.650 km2

21.000 km2 -この放射線量で汚染された土地.Cs.185-555.000 Bq/m2 (5-15 Ci/km2)
10.000 km2 -この放射線量で汚染された土地.Cs.555.000 Bq/m2 (> 15 Ci/km2)

集計: 放射線セシウムで汚染された各地域別の市民数. ウクライナ, ヘ゛ラル-シ, ロシア  1995年(市民人口)

Cs137 (kBq/qm) ベラルーシ ロシア ウクライナ 合計
Cs37-185 1.543.000 1.654.000 1.189.000 4.386.000
Cs185-555 239.000 234.000 107.000 580.000
Cs555-1480 98.000 95.000 300 193.300
合計 1.880.000人 1.983.000人 1.296.300人 5.159.300人

ヨーロッパでの汚染広域, 37-185 kBq/m2 -Cs137 :


. スエ-テ゛ン 12.000 km2
.
 フィンラント゛ 11.500 km2
. オ-ストリア 8.600 km2
. ノルウェー 5.200 km2
. ブルガリア 4.800 km2
. スイス 1.300 km2
. キ゛リシャ 1.200 km2
. スロハ゛キア 300 km2
. イタリア 300 km2
. モルタ゛ニア 60 km2.

資料2 UN-Generalversammlung A/50/418, 8.9.1995

資料3 UN Chernobyl Forum (EGE): Environmental Consequences of the
Chernobyl Accident and Their Remediation:

------------------------------------
p11.
チェルノブイリでは,汚染されていない地域で汚染された食料品が配送されたり,汚染された食品と非汚染食品が混合されたりしたので,汚染された地域と非汚染地域の放射線損傷の違いを明らかにするのは困難である.

だが,(汚染食料品が)人民の健康に重要な影響を与えたのは確かである.

放射線被害を証明する方法は論的に困難である.又,疫学的な検査は大変高い費用を要する.

チェルノブイリでは,3段階の年齢層が変わった.出生率が減少し,死亡率が増加し,男性は約10年平均寿命が減少した.

癌や病気の統計と比較するのは簡単ではない.


p8.
チェルノブイリ災害の被爆影響のデータは,自由に得ることができない.東も西も彼らは秘密にしている.

チェルノブイリの健康被害を科学的評価するのは非常に困難である.

IAEAの国連機関は,チェルノブイリ原発災害による健康被害のデータは少評価している.

これは科学的見地から容認できない。我々は、ドイツ連邦政府、他のヨーロッパの国々,米国と国連、科学者、団体にチェルノブイリ災害のための健康被害のデータを無制限に得られることを要求する.

チェルノブイリの災害と米国のHarrisburgの原子力発電所の核のメルトダウンは東と西の原発事故を示している.

深刻な原子力事故は,いつでも,どこにでも発生する可能性がある。

ドイツの原子力発電所で最悪のシナリオの場合,Rhein-Main地域の約10倍高い人口密度地域では健康と経済的被害は,チェルノブイリ地域での被害よりはるかに高いくなる.

このことは、原子力エネルギーの利用は正当ではないことを表している。

そのため,我々はドイツ連邦政府とヨーロッパの他の国々に,直ちに原子力発電所の廃止を要求する。



p8.
そこで我々は、ドイツ連邦政府、他のヨーロッパの国,米国と国連に,チェルノブイリ地域の放射線の影響で病気になった人々を効果的かつ長期的に支援する事を要求する.

p7.
WHOの考えとテ゛-タ-は不明確である.世界中でチェルノブイリ事故によって白血病や癌により28000人から69000人死亡した.

癌の病気になる数が明らかに高くなったのである.チエルノブイリ原発事故で被爆した人々の健康の異変についての調査は閉鎖できない.そして,北半球の人々の被爆による健康被害の結果が明確でない.健康被害の数値は、ある地域では驚くほど高く,他の場所では低いのである.

それは、ほぼすべての研究が人口の比較的少ない地域で調査収集されていることを考えなければならない.病気の率の変化を簡単に考えると,深刻な健康被害をもたらす.

そして,大きな人間の苦しみになり,人口に関係するのである.


p6.
南ドイツの放射能汚染された地域では,チエルノブイリ後,子供達に非常にまれな腫瘍が多くみられた(いわゆる神経芽細胞腫)

また,白血病の増加は、ドイツ、ギリシャ,スコットランド、ルーマニアで発生した.

1996年にスウェーデン北部で放射線降下が原因で849人の癌の病気が増えた。

これは、チェルノブイリ後,他の種類の癌や白血病が,ヨ-ロッハ゜では,数万人になるだろうと懸念されている.

ウクライナの汚染された地域では,様々な身体的、心理的の病気が起こっている.

ウクライナのチェルノブイリ省庁は,内分泌系の疾患(1987年から1992年まで25倍)
中枢神経系(6倍)、循環器系(44倍)、消化器官(60倍)の病気の増加を発表をしている.

また,皮膚および皮下組織(50倍)、骨肉系と心理障害病(53倍)になったと記録されている.

放射線汚染地からの避難者の中で、健康の割合は,1987年から1996年までに59%から18%(健康人)に減少している.

汚染地域の住民の中では、健康人は52パーセントから21パーセントに減少.被爆した親の子供たちは,健康者は81%から30%に減少した。

数年前から、I型糖尿病(インスリン欠乏糖尿病)が報告され,小児および青年は劇的に増加している。

白血病や癌の病気は数値的に、はるかに上回っている.

例えば,IAEAの援助の下に,2005年9月の,国連のチェルノブイリフォーラムとWHOのチェルノブイリの健康被害の調査結果でWHOとIAEAの公式発表は,将来,放射線被爆した人々の中で,多くても4,000人が癌や白血病で死亡するだろうと述べている.

そして,チェルノブイリフォーラム対してWHOの発表は,将来,実際に8930人が死亡すると発表している.大変矛盾を示している.新聞の報道も無い.

WHOは.10000人から25000人が、癌や白血病により死亡するだろうと発表している.WHOの発表に疑いを持ち調査をしたい.

P.5-
ロシアの報告ではチエルノフ゛イリ原発事故後(600,0000人から1,000,000万)の内90%以上が病気や仕事ができない状態である。

540000人から900000人が健康障害を持っていると予想されている.

そして,健康障害は増加するだろう。

Lengfelder教授は2006年には50.000人から100.000人が死亡するだろうと結論している.

乳児死亡率は、チェルノブイリ事故後にヨーロッパ諸国で増加した。

これらの研究では,乳幼児の死亡はヨ-ロッハ゜では5000人ぐらいである。

奇形児は、いくつかの欧州諸国で大きく増加した。南ドイツのバイエルン州だけでも、1000人から3000人の奇形児が増えた.

ヨーロッパでは,10000万以上が放射線の影響で重症奇形児が生まれたと予想される.実際に高い数字である.

IAEAは、ヨーロッパでは10万件から20万件の人工流産がなされたと予想している.

原子力放射線国連科学委員会(UNSCEAR)はチェルノブイリ災害によって引き起こされる遺伝子損傷は、12000人から83000人ぐらいと推定している.

残念ながら,チェルノブイリ地域で生まれた子供は30000人から207500人が遺伝的損傷があった.第一世代では,遺伝子損傷は10%である.

ベラルーシでは、原発災害の影響で10,000人以上が甲状腺癌になった。

WHOは、ベラルーシの地域のゴメル市で5万人以上の子供達が一生の間に甲状腺癌になると予測している.

子供達の年齢層を一緒にすれば,ゴメル地域で甲状腺癌になるのは約10万人だろう.

チェコ共和国についての調査では、400人以上が甲状腺癌の病気になったと発表している.チェルノブイリに関係した甲状腺癌の数である.

欧州(旧ソ連の国境外)では甲状腺癌は10,000人から20000人と予測している.

他の癌や白血病は、チェルノブイリ後に増加している.

特に,高放射線汚染地域の住民は影響を受けている。ウクライナのベラルーシの女性たちは若い年齢で乳癌になるのが増加した.

中枢神経系の良性および悪性腫瘍の子どもの数が増加している.
特に,ウクライナでは幼児にこれらの腫瘍が増加している.ベラルーシでは各年齢層で白血病が増加しています.


p63.
被爆後の老化現象で,原発事故救援隊員は,他の市民より10年~15年早く老化している.

これは動物で示すことができ,放射線による恐怖の1つだとか,放射線恐怖症と言えない.

Burlakovaは,酸化防止剤の服用を助けとして勧めている.ただし、正しい投与量が必要である.

多量の服用は逆効果である.初期の段階の動物実験で酸化防止剤の投与は,80日から250日まで白血病の病気を止められた.


p62.
Flor-Henry氏は,(脳波で左側脳半球の変化が現れている)原発事故救援員を観察して彼等は急性放射能症候群で苦しんでいると報告している.

アフガニスタン戦争に参加したロシアの退役軍人にも脳波の変化が現れている.これは,放射線断層撮影や脳波により証明できる.

第一次湾岸戦争に参加した兵隊とチェルノブイリ事故救援隊員とボスニア戦争に参加した兵隊にも非常に似た脳変化が出ている.

Flor-Henry氏は,湾岸戦争とボスニア戦争で核兵器で使用した(劣化ウラン)の空気中拡散したウラン238を吸入した影響であると見ている.

ウラン238にさらされた被爆者は、1945年の日本の原爆被爆者と同じ神経症候群を持っているのが分った.


(早期老化)
P. Fedirko氏は,放射線特有の眼疾患と網膜症の特別の報告をしている.(放射線量規定なしで発生する)

被爆による目の老化現象が増加している.

Elena B. Burlakova等は,セシウム137の低線量, 0,041.6, 0,004.16 と 0,000.416
Milligray  (mGy/min.線量/分)と総線量0,000.6~1.2グレイ(Gy)を動物に与え,生物物理学的遺伝と被爆した動物の
細胞膜組織を研究した.

低線量の影響は大きく,最も有害な結果がでている.

特定の線量範囲内での低線量被爆は,1回の急性被爆よりも,影響は大きい.

Burlakova等は,動物に示されるように,人間の場合の低被爆による変化の状態と細胞膜の特性、抗酸化活性,規制酵素や抗酸化物質の濃度を研究した.

脂質の液体状態と タンパク質成分が変更され,白内障の前兆が高まる.


p61.
ウクライナでは,精神障害は20.5%(95%CI=17,7-23,3%)と報告されている.

ウクライナの医療システムは、精神障害を過小評価しており,実際は10倍以上と思える。

世界精神保健機構は,不安による心理障害,うつ病、心身症、アルコールの乱用,知能障害などとかたずけている.

*フランス と ドイツのチェルノブイリ研究で,原発事故救援隊員の内36%と全てのウクライナの国民の中で20.5%が精神障害になり急激な増加をしていると報告.(Romanenko
等2004年の研究)

原発事故救援隊員の内 24,5%,ウクライナの人民の内 9,1%,うつ病が劇的に増加していると報告している.(Demyttenaere等2004年の研究)

1986年から1987年まで避難地域の事故救援隊員を観察し(特別な人々を特に3~5年観察した)精神神経疾患が劇的に増加した.

1986年~1987迄働いて,250ミリシーベルト(mSv)以上の放射線被爆した救援隊員は,精神神経疾患が80.5%で,放射線量,250ミリシーベルト以下は、21.4%である.(Nyagu等の2004年の調査)

Loganovsky氏は1990年以来,総合失調症が5,4%(1万人の救援隊の中で)1,1%(1万人の一般市民の中で)増加しているのを報告している.

ウクライナの市民で1986年から1997年までの期間中,チェルノブイリ地域で、働き,生活していた人は2.4倍,総合失調症が増加.

1990年~1997迄には3.4倍に増加.(Loganovsky&Loganovskaya氏の2000年の調査)

放射線量0.3シーベルト以下で,慢性疲労症候群(CFS)が頻繁に事故救援隊員の中で26%起こっている.(Loganovsky氏2000年、2003年の調査)

1990年から1995年迄に慢性疲労症候群(CFS)の発生率はで65.5%で,1995年から2001年迄には10.5%に減少した.

そして,同じ時期に,代謝疾病症候群 X (MSX)は 15%から 48,2 %に増加している.

慢性疲労症候群(CFS)と代謝疾病症候群 X (MSX)は他の神経症と精神病に発展すると考えられる.

慢性疲労症候群(CFS)も,初期の認識機能障害と精神神経疾病の神経変性の徴候として見ることができる。

頭脳の左半球が右よりも影響を受けやすいと思われる.

P. Flor-Henry氏は,抑うつ状態と臨床状態を観察し,総合失調症と慢性疲労症候群CFSと同じであると報告している.

原発事故救援隊員は 脳波(EEG)検査で左側大脳半球(右利きで)の脳組織が変化する割合が高い.


*初期の症状として老化現象が現れる.

その時期に放射線被爆した若い人達に,これらの神経疾患が早期に起こっている.

p60.
1992年に, Kiew市のPallaguin生物化学研究所のNadejda Gulaya
氏が,チェルノブイリ周辺地域の住民は,放射線による神経細胞損傷が原因で,心身病になり苦しんでいると述べている.

各国の科学者が,チェルノブイリ事故の影響で,人民のメンタルヘルスが最も大きな問題だと発表している.(モスクワでは,他の全ての疾病の本当の原因は,放射能では無いと作為され,病気が,放射線による原因ではないと隠蔽した.)WHO
の"チェルノブイリフォーラム"とIAEAの専門家グループは,ストレス症状は幼児の脳の発達上において影響すると発表している.4つの地域で,高い放射線被爆で脳組織を損傷した,

原発事故救援労働者は特に自殺の危険にさらされている.

K.Lobanovskyは,日本の原爆被爆の生き残りの人達の中で,総合失調症の病気率が高く,6%であると明らかにしている.

チェルノブイリの事故救援隊員は放射線被爆が原因で,精神神経病発生の大きなリスクを持っている.Loganovsky氏は,
原発事故救援隊員の他の癌の病気のリスクを
統計的な結果で示した.したがって,放射線吸入線量(過剰相対リスク,ERR/Gy)で精神障害のリスクが高まる.*ERR/Gy=0,4
(95%CI= 0,17-0,64)

神経および感覚障害は, ERR/Gy=0,35 (95%CI=0,19-0,52).ホルモン(内分泌)障害は,ERR/Gy= 0,58
(95%CI=0,3-0,87) (Biriukov等の2001年. Buzunov 等の2001年,2003年の研究から)

精神病は,(Biriukovらが2001年)に証明している.神経症障害の最大のリスクは ERR/Gy=0,82 (95%CI= 0,32-1,32)からである.

脳の循環障害(脳の障害)の最大リスクは,放射線量ERR/Gy=1,17 (95%CI=0,45-1,88)である. (Ivanov 等 2000年の研究から)

脳血管障害は,放射線量150ミリグレー(線量)以上の場合にリスクが高まる.100mGy/ 1日 = 2,17 (95%CI
0,64-3,69)  (Ivanov等の 2005年の研究)

しかし、これらの結果は,精神科の研究と普通の診断手順で決定されてなくて,政府の健康システムのデーターで,精神疾患と決められた.

ソ連では,精神障害は政府のシステムで身体障害と誤診され,劇的に過小評価されている.(身体疾病は神経症とされている)

ウクライナの保健省は.ウクライナの人民の精神障害の発生率は,1990年は 2,27 %, 1995年は  2,27 % , 2000
年は2,43%と発表している.

(世界保健機関(WHO)の世界健康医学(WMH)の調査)
*(100 ミリシーベルト=おおよそ100 ミリグレイ)(1グレイ=1SV.)

p59.
Düsseldorf の Heinrich-Heine大学とベラルーシ地域Minsk の内分泌アドバイスセンタは,子供と青年の糖尿病の発生を共に調査した.

1980年から2002年迄の期間,ベラルーシの汚染度が違う2つの地域で,青年の"糖尿病1型-インスリン欠乏糖尿病の発生"(年間発生率)を調査した.1980年-1986年迄と1987年-2002年迄の期間の高汚染されたGOMEL地域と低汚染された
Minsk地域を比較した.合計で、GOMEL地域の643人の患者とMINSK地域の302人の患者を調べた.1980年から1986年迄(チェルノブイリ事故前)は、GOMELとMinskの病気率の差はなかった.

チェルノブイリ後(1987年-2002年迄)の,2つの地域の病気率の差は非常に重要である.さらに、著者らは,Minsk地域でのチェルノブイリ前と後の病気発生率は大幅に異なるが,高汚染されたGOMEL地域は,チェルノブイリ前年に比べて,多数の子供と青年が2倍の糖尿病(タイプ1)になった.Gomel地域は,1998年が,最高の発生率が登録されている.

p58.
Gomel 地域の病気の子供達(ベラル-シ) 100.000 人の子供達175

(病気のグル-プ/組織.)(1985) (1990) (1993) (1994) (1995 (1996) (1997)
(総診断数) (9771,20人)(73754.20)(108.567,50)(120.940,90)(127.768,80)(120.829,00)(124.440,60)
(感染症.寄生虫)(4761.10人) (6567.70) (8903.30) (13738.00) (11923.50)
(10028.40) (8694.20)
(腫瘍)(1.40)(32.50人)(144.60)(151.30)(144.60)(139.20)(134.50)
(内分泌疾患.栄養及び代謝疾患.免疫システム障害.)(3.70人)(116.10)(1.515,50)(3.961,00)(3.549,30)(2.425,50)(1.111,40)
(血液および血液形成組織)(54.30人)(502.40)(753.00)(877.60)(859.10)(1.066,90)(1.146,90)
(精神障害)(95.50人)(664.30)(930.00)(908.60)(978.60)(867.60)(12040.20)
(神経と感覚器官)(644.80人)(2359.60)(5951.80)(6666.60)(7649.30)(7501.10)(70400.00)
(循環器系疾患)(32.30人)(158.90)(375.10)(379.80)(358.20)(422.70)(425.10)
(呼吸器官)(760.10人)(49895.60)(71546.00)(72626.30)(81282.50)(75024.70)(82688.90)
(消化器官)(26.00人)(3107.60)(5503.80)(5840.90)(5879.20)(5935.90)(5547.90)
(泌尿生殖器)(24.50人)(555.20)(994.80)(1016.00)(961.20)(1163.70)(1198.80)
(皮膚および皮下組織)(159.20人)(45290.10)(5488.30)(6748.20)(7012.60)(6455.00)(7100.40)
(筋肉系/結合組織)(13.40人)(266.00)(727.70)(937.70)(847.40)(989.90)(1.035,90)
(先天性奇形**)(50.80人)(121.90)(265.30)(307.90)(210.10)(256.20)(339.60)
(事故や中毒)(2590.20人)(3209.70)(4122.70)(4409.80)(4326.10)(4199.10)(4343.70)

* 1985の悪性腫瘍は、高い流産率によって報告されていない*


p58.
チェルノブイリ事故を経験したこれらの子供達にも健康状態の悪化が示されている.この意味は遺伝的変化がおそらく,既に起こっている.

(表:ウクライナでの放射線の影響を受けた人民の健康状態の悪化)

(影響を受けた人々のカテゴリ-)--(被爆した人々の健康の割合%)
(1987年)(1989)( 1990)(1991 )(1992)( 1993)( 1994)( 1995)( 1996)
(1.原発事故救援隊員)(78.2%)(74.4%)(66.4%)(53.3%)(35.8%)(28.8%)(23%)(19.8%)(17.6%)(15%)
(2.避難者)(58.7%)(51.6%)(35.2%)(26.2%)(29.7%)(27.5%)(24.3%)(21.1%)(19.5%)(17.9%)
(3.汚染された地域の住民)(51.7%)(35.4)(35.2)(26%)(31.7)(38.2)(27.9)(24.5)(23.1)(20.5%)
(4.被爆した両親の子供達)(80.9%)(66.8%)(74.2%)(62.9%)(40.6%)(分らない)(36.9)(32.4)(32.1)(29.9)

次の表は、ベラルーシ南部の高く汚染されたゴメリ地域の子供達の病気の変化が説明されている.

表は1985年から始まるが,1985年には子供達の健康状態について,あまり登録されていない.1990年から1997年迄に,病気が増加しているのが記録されている.病気の膨大な数が,癌以外の病気だと知ることができる。

データから,同時に複数の病気に苦しむ子供達の割合いが分る。放射線被害者が,様々な病気になり,病気が増加するのが公に認識できる.西洋では、この問題の調査はほとんど不可能である.それは、登録が無い為,データが無いからである。



p57.  8. チェルノブイリ後の、他の病気.
次の表はチェルノブイリ後の病気類の統計が変化するのを示す.(長い間、放射線被曝との関係が認められなかった.)

広島と長崎の被爆者の数年のデータはあるが,放射線との関係は認められず,癌以外の病気とされている.

この領域の研究は、データの不足によって困難である.

下記の表のデータは、Nyagu等の研究で長年にわたり,チェルノブイリ周辺地域の人口を何度も調査した.それは全ての病気類において,病気の発生率が増加しているのが分る.
10万人の住民の内,多くの住民が同時にいくつかの病気に苦しんでいることが明らかである。

{表:北ウクライナ住民の心身症.(住民10万人)}

{登録された病気(10万人中) (1987年 - 1992年)} (成人と青年の場合)


(病気/内臓) 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年
(2.内分泌系)(631人)(825)(886)(1008)(4550)(16304人)
(3.精神障害)(249人)(438)(576)(1157)(5769)(13145人)
(4.神経系)(2641人)(2423)(3559)(5634)(15518)(15101人)
(5.循環系)(2236人)(3417)(4986)(5684)(29503)(98363人)
(6.消化器官)(1041人)(1589)(2249)(3399)(14486)(62920人)
(7.皮膚および皮下組織)(1194人)(947)(1262)(1366)(4268)(60271)
(8.筋肉骨格系)(768人)(1694)(2100)(2879)(9746)(73440人)



*この表は.4つの市民集団がこの期間に健康な人が減少していくのが,示されている.
1987年には健康な人(原発事故救援隊)は78.2%で,1996年には,健康な人は15%に減少した.


p56.
1986年7月から1987年3月迄に生まれた乳児は, 1987年4月 から 1987年12月迄に生まれた乳児より,白血病の発生は高い.

0才から1才までの年齢に,放射線量により赤色骨髄が明らかに発生している.


*MartinらTondel等の計算で,北スウェーデンの放射線降下地域は,チェルノブイリ原子力事故から2006年までに,849人の癌患者が増加している.

著者らは、スウェーデン北部の事故時の60歳までの住民(1986年から1987年迄の期間、1143182人)の調査を実施し,セシウム137の土壌汚染で、(1988年から1996年迄に)22409人の癌患者が発生している.放射性降下物の被爆によって,肺癌のリスクは高まる.放射線量100.000
Bq/m²で,癌のリスクは11%高まる.


p55.
Dr.J.michaelishaはチェルノブイリ後,西ドイツで1歳までの,多数の子どもたちに白血病が(1.5倍)増加していると報告.著者らは1986年7月1日から1987年12月31日迄の期間に西ドイツで生まれた乳幼児の白血病の発生率を調べた.

Dr.Michaelisは結果に驚いた.93万人の子供の内35人の子供が、1歳までに白血病になっている.

1980年代に白血病になった子供たちの数に比べて,1.5倍の白血病の発生率である.7.3他の国.*ギリシャでは,チェルノブイリ原子力災害時に母親の胎内にいて,その後生まれた子供は、(事故前と事故後長期間後に生まれた子供と比較して.)白血病が2.6倍である.E.
Petridou等は,チェルノブイリ事故後のギリシャでの小児の全ての白血病発生例を分析した.チェルノブイリ事故後、すぐに生まれた子供(1986年7月~1987年12月31日)は,(
1980年1月1日 ~ 1985年12月31日迄 と  1988年1月1日 ~
1990年12月31日迄)に生まれた子供と比較して,1歳までに,白血病が2.6倍発生しているのを発見した.著者らは、チェルノブイリ事故後,子宮内の胎児が放射線被曝の影響で,白血病が増加していると思われる.


*1987年にスコットランドで,4歳未満の幼児の白血病が37%増加している.1987年の調査では、全体で小児白血病は48例である.予想以上に13例の増加であった.

4歳未満の子供の白血病は(33例)である.ルーマニアでは、チェルノブイリ事故後の子供の白血病の報告がある.

Dr.Davidescuらは,西ルーマニアの5地域で,1986年 -
2000年迄の期間,生態学研究を実施した.被爆したグループの137,072人の内(白血病は37人)非被爆グループの774,789人の内(白血病は204例)である.

3年間にわたり、放射線Cs134, Cs137, ストロンチウム90 ,ヨード131 に汚染された食品を接収した事が原因である.


p54.

Prysyazhnyuk氏は,ウクライナ放射性汚染地域大半の各種白血病の発生率を報告した.(1980年から1985年迄)の期間と2つの5年間の期間(1986年から1991年迄と,1992年から1998年迄)の白血病発生の比較して,

*1986年から1991年迄のデータを示す.

*この期間の白血病の発生率値が高いことは明らかである。

(*表.1986年-1991年迄のウクライナの最も放射能汚染された地域での様々な白血病の発生率.)

(白血病の種類) (病気になった数)(病気の予想人数)(病気の発生率)
(白血病) (132人) (90.1) (121,46-171,42%)
(急性白血病) (65人) (44.3人) (110,95-182,22%)
(慢性白血病) (64人) (38.8人) (124,58-205,43%)
(リンパ線白血病)(70人) (48.3人) (110,99-178,91%)
(急性リンパ線白血病)(20人) (7.8人) (143.81-368.22%)
(慢性リンパ線白血病)(47人) (35.4人) (94,78-170,67%)
(骨髄性白血病) ( 24人) (6.3人) (227.75-531.52%)
(急性骨髄性白血病) (10人) (2.9人) (129,04-549,79%)
(慢性骨髄性白血病) (14人) (3.4人) (197,49-631,99%)
(他の白血病) (38人) (35.5人) (72,96-140,98%)
(他の急性白血病) (35人〕 (33.6人〕 (69,69-138,74%)


7.2  ドイツの場合.
1993年の研究で Mainzの子供の癌登録から,子供に非常にまれな腫瘍の増加が示されている.(チェルノブイリ2年後,汚染された地域で1988年に生まれた子どもに,神経芽細胞腫が発生している.)土壌の放射線汚染量により,神経芽細胞腫は増加している.この証拠は,放射線量による因果関係を表わしている.著者らは,小児癌登録からの研究で神経芽細胞腫の増加を発見した.原因としては、親の生殖細胞の損傷であると議論。Günter
Henze教授はチェルノブイリの高い放射線に影響した南ドイツの地域から子供の病気が発生していると報告.


p53.

(ベラルーシの人民100,000人においての,チェルノブイリ前とチエルノブイリ後の病気の年間発生率.)

(表:ベラルーシにおける白血病,抹消血リンパ球変異,骨髄異変形成症候群の平均発生率.)

*(1979年-1985年)(1986年-1992年)(1993年-1996年)
*(白血病.成人)(7.99人)(9.9人)(8.76人
(抹消血リンパ球変異.成人)(6.35人)(7.91人)(7.3人)
(抹消血リンパ球変異.子供)(1.12人)(2.31人)(​​1.82人)
(骨髄異変形成症候群成人)(0.03)(0.13)(0.50人)
(骨髄異変形成症候群子供)(0.01)(0.18)(0.14人)

p53.
ベラルーシのチェルノブイリ事故後の白血病やリンパ線腫の発生率の増加の調査を始めた.

チェルノブイリ原子力発電所の事故後、慢性リンパ性白血病多発性骨髄腫ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫が大幅に増加した。

(具体的に、次のデータで示す)

*(表.ベラルーシの年間の白血病の発生件数.)

*( Tschernobyl事故7年前.)(Tschernobyl事故7年後)
(慢性リンパ性白血病)(2041人)(2830人)
(多発性骨髄腫)(782人〕 (1055人)
(非ホジキンリンパ腫)(1554人)(2285人)
(ホジキンリンパ腫)(1760人)(2029人)


p52.
(表:GOMEL地域に於けるチェルノブイリ事故後5年毎の病気の発生率の比較表.1981-1985に比べて病気の発生率の増加 )

 *(病気) (1986年-1990年)(1991年-1995年)
(急性リンパ性白血病)(+47人.40.9%)(+95人.82.6%)
(子供の急性リンパ性白血病)(+16人.29.1%)(+11人.20.0%)
(慢性リンパ性白血病)(+64人.33.5%)(+75.39.2%)
(慢性骨髄性発血病)(+11人.13.1%)(+63人.75.0%)
(赤血病)(+22人.52.4%)(+21人.50.0%)
(他の慢性リンパ性白血病)(+20人.40.0%)(+14人.28.0%)
(全ての白血病)(+164人.34.0%)(+270人.56.0%)
(多発性骨髄腫)(+29人.58.0%)(+32人.64.0%)
(骨髄異変形成症候群)>デ-タ-がない.
(再生不良性貧血)(+14人.58.3%)(-2人.8.3%)


P52.
*表: GOMEL地域の血液疾患の発性率(数)5年毎の期間)

(病気) (5年毎の期間)

(1981年-1985年)(1986年-1990年)(1991年-1995年)

(急性リンパ性白血病)(115人)(162人)(210人)
(子供の急性リンパ性白血病)(55人)(71人)(66人)
(慢性リンパ性白血病)(191人)(255人)(266人)
(慢性骨髄性白血病)(84人)(95人)(147人)
(赤血病)(42人)(64人)(63人)
(他の慢性リンパ性白血病)(50人)( 70人)(64人)
(全ての白血病)(482人)(646人)(752人)
(多発性骨髄腫)(50人)(79人 )(82人)
(骨髄異変形成症候群)(デ-タ-が無い)( 8人)( 43人)
(再生不良性貧血)(24人)(38人)( 22人)


P51.
(1986年に生まれて,その後,続いてチェルノブイリの放射線で汚染された地域で生活している子供の病気について.)Dr.Noshchenkoは,1987年-1997年までの期間,人々を診察して,放射線による急性白血病のリスクを研究し発表した.

*事故時に,0才から20歳だった人で,放射線被爆量10ミリシーベルト以上の男性は,白血病のリスクが増加するのを発見した。放射線被爆との関係で,1993年-1997年迄に,
特に急性リンパ性白血病が発生した.同様の関係で、1987年-1992年迄に急性骨髄性白血病が発生した.

1994年にDr.Vygovskajaは, Rovno
(Ukraine)地域の子供と成人の造血系の癌の数が,チェルノブイリ原子力事故後に増加しているのを報告した.彼らはウクライナの高放射能汚染地域と低汚染地域を比較調査した.汚染された全ての北部6地域の
内Rovno地域は,得に放射性核種に汚染されていた.研究者はチェルノブイリ5年前(1981-1985)とチェルノブイリ後6年間(1987-1992)を比較した.データは、チェルノブイリ後には血液悪性腫瘍の発生率が、原子力事故前よりも高いことを示した。

慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫と悪性リンパ腫の発生率が増加しているのが明らかになった.

汚染の高い地域は低汚染地域と比較して,急性白血病の発生率は、急激に増加している.
1996年に,ベラルーシのGOEL地域の悪性血液疾患の発生率が増加しているのを研究発表した.(チェルノブイリの前の5年間とチェルノブイリ後10年間を調査した)

チェルノブイリ後5年間と,その後5年間も,急性白血病と慢性リンパ性白血病の発生率が着実な増加を示している.


p50.
この期間中の人口の内,子供の数は3百万以上,減少した.

酷いのは,幼い子供達の状況である.Dr. Orlov とDr. Shaversky は3歳未満の子供が,188人脳腫瘍になったのを報告している.

1981年から1985年迄に脳腫瘍は9人、1986年から2002年迄は179人である。

チェルノブイリ前の脳腫瘍は(9人.1981年-1985年)(1986年-1990年)は5.1倍になり(46人).
(1991年-1995年迄)は 7,7倍 になり脳腫瘍は(69 人).そして,(1996年 -
2000年迄)は脳腫瘍は5.3倍になり(48人)である.

2001年~2002年迄に、16人の子供が手術をした.子供達の病気は1988年は,年間1.8人から14人に,1994年は,年間18人に増加した.

さらに、子供達における中枢神経系の腫瘍が多数増加した.1981年-1985年までは,子供の中枢神経系の腫瘍はなかった.
1986年-1990年迄には4人、1991年から1995年迄には16人,

1996年から2000年迄には,中枢神経系の腫瘍は11人になっている.3年間で患者数は5,8倍になり,1才までの子供は14倍になった.この同じ期間に,出生率が減少し、患者数が増加している.悪性腫瘍だけでなく,良性腫瘍も増加している.(良性腫瘍は他の組織に転移しない)*幼児の脳内疾患は非常に生命を驚かす.1986年のウクライナのチェルノブイリ事故の放射性降下物の影響を受けたのは,4百万人であった.(放射線の影響を受けた子宮と白血病の研究.)

Dr.Noshchenkoらは様々な白血病の子供(1986年の事故の年に生まれた)の調査をした.

子供達の病気の進行を1996年まで10年間追跡した.我々は、汚染された地域と汚染されていない地域の子どもの白血病の発生率を比較した。汚染地域では,高いリスクで白血病のすべてのタイプが増加している.これは女子と青年,成人にも起こっている.急性リンパ球白血病(ALL)は青年に劇的に増加した.女子は,そんなに増加していない.男女の急性リンパ球白血病のリスクは,汚染された地域は低汚染地域に比べて3倍以上高い.


P49.
乳がんの発生率の増加は,癌の国際ジャーナルの調査で確認された.著者らは、Gomel とMogiljow (ベラルーシ)
とChernigov, Kiev とZhytomir (ウクライナ)地域における乳癌発生率の増加を発見した.

1997年から2000年までの期間内に,汚染された地域は低汚染地域に比べて,2倍の高いリスクであることが確認されている.

これらの地域は医者の検査が増加している.

Lugyny(ウクライナ)地域の研究で,チェルノブイリ後、胃癌と肺癌の病気で,人々の生命期間が短くなったのが明かにされた.胃癌や肺癌の病気になった人は42ヶ月から57ヶ月生きられた.チェルノブイリ10年後には,2ヶ月から2.3ヶ月迄生きることが出来た.1985年には結核は17.2パーセント,放射線による免疫系が損なわれて,1995年には結核は50%の現象として表れた.


P49.
(表)チェルノブイリ事故前と後の悪性胃癌,肺癌と診断された人の寿命期間.月単位.(ウクライナのSCHITOMIR地域のLUGYNY地区.)

{(年)(診断後の寿命時間(月単位))}
 { (胃癌) (肺癌)}
{(1984年)(62人) ( 38人)}
{(1985年)(57人) (42人)}

{(1992年)(15,5人) (8,0人)}
{(1993年)(11,0人) (5,6人)}
{(1994年)(7,5人) (7,6人)}
{(1995年)(7,2人) (5,2人)}
{(1996年)(2,3人) (2,0人)}

 Dr.Yuri Orlovの報告では,25年間の期間に,15歳までの子供が中枢神経系腫瘍で,合計2633人子供達が治療された.チェルノブイリの前は(1976年から1985年迄)には756人の患者で,チェルノブイリ後は(1986年から1995年)1315人の子供が中枢神経系腫瘍になった.

前期に比べ76.9パーセント以上増加した.


p48.(癌の合計と白血病.)
(チェルノブイリ地域.)

1973年にベラルーシでは,全国で癌登録が実施された。全ての悪性腫瘍についての情報が登録された.Dr.Okeanovは,1976
年から1985 年迄と1990 から
2000年迄の癌の病気例を比較し研究した.研究では、ベラルーシでは癌の発生率は39.8パーセントの増加率を示した.

チェルノブイリの前は、10万人で癌の年間発生率は155.9例であった.

チェルノブイリ後の癌の病気の発生率は217.9例であった.癌の発生率の増加は、主に大腸、肺、膀胱、甲状腺癌である.

癌の発生率の増加は、ベラルーシの全ての地域であった.チェルノブイリの原発事故による、高い放射線にさらされたGOMEL地域はベラルーシの低汚染地域より,癌の発生率は55.9%増加した.

チェルノブイリ前は,GOMELにおける癌の発生率は年間,人口10万人あたり全国平均(155.9人)以下の147.5例であった.

チェルノブイリ後は、全国平均(
217.9人)よりも大幅に増え,癌の病気は224.6例になった.2つのベラルーシの地域を直接比較して,GOMELは
Vitebskより癌の病気が大幅に上昇している.(Vitebskは低汚染地域)

GOMELで2,79%から5.8%の最大の癌の増加が記録された.

セシウム137の高放射線量の影響を受けた(555000ベクレル/平方メートル)ある地域に住むGOMELの市民の癌の発生率の増加は特に高い.

1993年から2002年までに,消化器と呼吸器系の癌率が大幅に増加した.高汚染地域で(消化器官の癌率)は141.5人,低汚染地域は104.7人である。

女性の場合の乳癌の異常な発生率も続いて起こっている,特に高いセシウムに汚染された地域GOMELと Mogilevでは,45才から49歳までの間の乳癌が発生した.
チェルノブイリの低い影響を受けたVitebsk地域の女性よりも15年早く,癌が発生した.(汚染された地域の特に放射能の影響を受けた、若い年齢層の農民に病気率が表れている.)


p47.(他の国)
ミュンヘン大学放射線生物学研究所の((Stefan Mürbeth氏,と Lengfelder教授)とチェコの(Milena
Rousarovaさん)とドイツのNeuherberg市のGSF環境健康国立研究センターの(Hagen.Scherb氏)はチエコの成人の甲状腺疾患の増加について調査した.

調査は、チェコ共和国で実施された.そこでは、 ドイツとは異なり、成人にも癌登録があった.

調査では,特に意味がある,長期間にわたっての大勢の人々のデータがあった.(合計2.47億人のデーター)1975年から男女共通に男性、女性の甲状腺癌の発生率が増加していた.

チェルノブイリ後、1990年から男女ともに甲状腺癌の増加,年間率2.0パーセントから4.6パーセントへ著しい変化があった.女性の場合、甲状線癌の率は男性よりも高く,1989年には既に増加していた.チェコ共和国では,加えて426人の甲状腺癌の病気があった.チェルノブイリ災害による病気の発生の潜伏期間は4年である.

この潜伏期間はチェルノブイリ地域にも匹敵する.青年および成人における甲状腺癌の増加は,ポーランドと英国北部にもあった。



p46.
WHOは,ベラルーシのゴメル地域では(災害時に0から4歳だった子供は)50,000人以上,甲状腺癌になるだろうと予想している.

原発事故の時,ゴメル地域に住んでいた全ての年齢層(若者と成人を含む)に予想される.(GOMELでは,その後10万人以上の甲状腺癌が予想.)Dr.Lengfelderらによると,2002年にゴメル甲状腺センタ-で甲状腺疾患の治療を受けた患者の数は合計70000人である.

6.5 (ドイツにおいて)
1986年にはドイツのHESSEN州では,チェルノブイリ後の新生児において、早期発見で(甲状腺機能低下症)が増加したとHESSENの中心Dillenburg市の国家医療と食品調査局で発表された.また、ベルリンでは1986年に多数の新生児に甲状腺疾患が発見された.1986年にはベルリンで14人の子どもたちが(甲状腺機能低下症)で生まれた。前の年には三人から四人、最大で7人であった.

1987年6月に,ベルリン自由大学の小児病院の雑誌Strahlentelexで報告された.ドイツでは,チェルノブイリの前と後の,甲状腺疾患と甲状腺癌の包括的な調査に必要なデーターは今まで拒否している.




p44.

2000年までにベラルーシでは3000人以上の成人が、甲状腺癌になった.ベラルーシにおいて,子ども、青年および成人の甲状腺癌が合計で10000万人以上になった.

1998年7月にケンブリッジで、放射線と甲状腺をテーマにした国際シンポジウムがあった.

それは欧州委員会、米国エネルギー省と米国保健省の国立癌研究所によって開催された.

(GOMEL市におけるチエルノブイル前とチエルノブイル後13年間の甲状線癌の増率)

(年齢) (1973-1985年) (1986-1998年) ( 合計)
(0-18才) 7人 407人 5.8倍

(19-34才) 40 人 211人 5.3倍

(35-49才) 54人 326人 6倍

(50-64才) 63人 314人 5倍

(64歳以上) 56人 146人 2.6倍

*チェルノブイリ災害時のゴメル地域の全ての子供たちは、0才~4才の寿命期間は、三分の一であった​. (Dr.Edmund
Lengfelder,Dr.Christine Frenzelによるチェルノブイリ後16年,ベラルーシにおける甲状腺癌の劇的な増加から.)

-- 
はなゆー
http://twitter.com/hanayuu
https://plus.google.com/105354765105306904175/posts
http://www.facebook.com/hanayuu


*ご訪問ありがとうございます。人気ブログランキング、応援してくださるとうれしいです。