2011/01/31

サンフランシスコ国際空港で

非暴力コミュニケーション(NVC)のリーダーシッププログラム2011の最初の強化合宿を無事終えて、空港で東京行きのフライトに乗る所です。今回、初めて羽田空港からサンフランシスコに飛んだのですが、アクセスが良くて気に入っています。意外にも鴨川の我が家からは、成田空港より羽田空港の方が近くて行きやすいのです。

今回の合宿で学んだことは、実にたくさんあります。たくさんありすぎて消化不良、という感もあります。

はっきりしたことは、NVCは単なるコミュニケーションの技術ではない、ということ。私の生き方、考え方、人との関係の持ち方を根本的に変えることになりそうです。

社会を変えること(より平和に、より公正に、より持続可能に)は一人一人が自分自身と本当につながり、その真のニーズに基づいて行動することによって、自然に変化していくのかもしれない、と思い始めました。

行動の前に、自分自身のコアニーズ(一番大事にしていること)に気づいていること、それとつながっていることが何より大事なのだ、と。

リーダーシッププログラム終了後、サンフランシスコまでスリランカからの参加者と一緒に車で戻り、空港でレンタカーをして、サンタクルーズの友人・ジェーンを訪ねました。ジェーンと出会ったのは、昨年6月のバイオニアーズ会議のときです。たまたま女性のワークショップのときに、2人組でやるエクササイズのときに私の相手になったのがジェーンです。偶然はすべて必然、と思う出会いの一つです。

彼女はサンタクルーズの市街地に比較的大きな庭を持っていて、そこにはアボカドの樹が1本あります。他にもリンゴ、ビワ、いちじく、サクランボ、レモンなど、いろいろな果物がありました。彼女はこの庭を自給用のオーガニックガーデンにしたいので、私たちに手伝ってほしい、という希望を持っています。

広さはちょうど1反ぐらい。野菜を育てるには気候も土も理想的であることがわかり、わくわくしています。6月にもカリフォルニアでNVCの2回目の強化合宿があるので、そのときには少し早めに来て、庭作りができたら、と思います。

この巨大な消費社会のアメリカで、小さな庭で野菜が自給できることを実際にやってみて、アメリカ人に共有できたらどんなに楽しいだろう、どんな変化を生み出せるだろうか、と夢は膨らみます。


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2011/01/29

1月29日から『ZERO』@テアトル梅田/上関原発

NVC7日目は、人間の多様性について学びました。そして、最後は「Know Talent Show」というパーティー。今、真夜中の2時過ぎですが、まだ起きています。この1週間の学びについては、後に記事か何かの形でまとめようと思います。

山口県庁の前で、二十歳になるかならないかの若者たちが、山口県上関町田ノ浦原子力発電所予定地の埋め立て工事の一時中止と、埋め立て許可の再検討を求めるハンガーストライキを21日より開始した、とのお知らせを受け取りました。若者がここまでするわけは、ブログを読んでくだされば理解できます。

ブログ:http://blog.goo.ne.jp/newgenerations
ユーストリーム http://www.ustream.tv/channel/hungryboys

もう1週間以上経ちますので、彼らのいのち、健康状態が心配です。

日本にこれ以上、原発が必要でしょうか。
原発のもたらす利益と不利益と、どちらが大きいでしょうか。
私たちのエネルギーの需要を満たしながら、環境やいのちの安全性を守る選択はないのでしょうか。

私個人は、地震の頻発する国は原子力を持たないほうがいいと思っています。


さて、1月29日からいよいよ『ZERO:9/11の虚構』が初めて関西で上映開始です。お近くの方はぜひ!
http://zero.9-11.jp/

10年たっても911事件の再調査を求める声は根強くあります(さらに大きくなっています)。911について政府やマスコミ報道とは違う話が存在することを、この映画を通して知ってほしいです。

2月1日に帰国してすぐ、私の講演会が続きます。

2月4日は新橋で「天然村セミナー」。「心も体もきれいになるライフスタイル」というテーマは、天然村の方がつけてくれたものですが、空気と水と食べものがキレイになると、体はキレイになると思います。また、東洋哲学の「心身一如」の法則からすれば、このタイトルは(気恥ずかしいけれど)あり得る、と思います。

私の「田舎暮らし」 ~心も体もきれいになるライフスタイル~
↓
http://ameblo.jp/omoyoshi/entry-10779456851.html

きくちゆみの安房鴨川山間地便り(19) ~田舎暮らしの楽しさ~
↓
http://ameblo.jp/omoyoshi/entry-10780515032.html

2月6日は松本、7日、8日は原村でお話しています。

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2011/01/28

NVC合宿6日目:ロールプレイとNVCとお金・時間・人間関係

今日はとても遅くなってしまった(11時半までセッションがあった)ので、今日一日やったことを私の記録のために簡単に書きます。

午前中は共感を深める練習、それから過去/現在で諍いや争い、あるいはしこりが残っている相手を自分が演じたり、相手に演じてもらったりしながら、NVCを使った反応とそうではない反応をやってみて、その違いを体験しました。

午後は3つのグループに別れて(先生が3人いる)、イントロの続き、アクティビティー(エクササイズ)の事例、オープンセッション(なんでもあり!)の時間を持ちました。これぐらい小さいグループになると、発言しやすくなります。私はキット・ミラー先生のオープンセッションに出ました。

夜はお金と時間と人間関係の3つで自分が「足りない」と思っているテーマを選び、それが足りないことに関する話をペアでして、それに対して共感をもらう練習をしました。4人組になって、自分が選んだものが「不足しているとき」と「十分にあるとき」を無言でジェスチャー表現し、外側にいる3人がそれを見て感じたことをジェスチャーで返す、というエクササイズでは、自分が「不足している」ジェスチャーのときにまわりに与えるインパクトが悲しく、重たく、苦しいものであることに驚きました。

フランソワ先生は毎朝、必ず自分に「自分は十分である、自分は十分持っている(I am enough, I have enough」と言い聞かせるそうです。

これは自分も、明日からまねしてみようと思います。


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2011/01/27

業務連絡:メールが使えません/NVC合宿5日目

コンピュータの調子がおかしくて、メールの送受信ができません。もし私に用事があるときは、このブログにポストしてくださるか(ブログの内容に関係ない投稿は公開しませんので、ご安心ください)、森田玄のメールアドレスをご存知の方はそちらに送るか、どちらかを選んで下さい。明日、マックに詳しい人に相談します(今日はもう真夜中を過ぎているので、対応ができません)。

5日目のNVCも無事終わり、だいぶ仲良くなった参加者たちは夜遅くまで話し込んでいます。私も先ほどまで暖炉の火の周りに集まって10人ぐらいで雑談していました。日本、スリランカ、カナダ、イスラエル、アメリカからの参加者がそこにいました。

今日の学びはグループプロセス。グループをリードしているとき、議題が何か(誰の質問がテーブルに上がっているか)、グループにリクエストするときの質問の仕方、メンバー一人一人のニーズを大切にすること、自分が話すときは何のニーズを満たすために話しているのか明確であること、などを学びました。

英語が難しくて、ついていくのが大変です。明日の朝は、英語のことで私からグループ全体に提案をすることになっています。私の目標はグループの時間をあまり取らずに、自分のニーズ(理解、学び、成長)を満たすことです。

うまくできるでしょうか。


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2011/01/26

NVC(非暴力コミュニケーション)合宿4日目:イントロ(導入)

今日はこれからNVCを教えていく人のために、「イントロ(導入)」、つまりNVCを初めて紹介するときに何を伝えるかを勉強しました。リードはフランソワ・ボーソレイユ。彼は何度か日本に来てNVCを教えていますので、ご存知の方も多いでしょう。2011年のリーダーシッププログラムは、フランソワと去年も教えてくれたロクシーの2人の先生がリードしています。

NVCは2つの部分、4つの部品(コンポーネント)からなっています。

2つの部分とは共感(Empathy)と表現、聞くことと話すこと、と置き換えてもいいかもしれません。
4つの部品とはOFNR(オフナー、と発音)、つまり、Observation(観察), Feeling(気持ち/感情), Needs(ニーズ/欲求), Request(リクエスト/お願い)のことです。

共感は Feeling(気持ち/感情)とNeeds(ニーズ/欲求)から成っていて、表現はOFNRから成っています。

ここまでがNVCの基本中の基本です。

それから「共感でないもの」をカードを使って練習します。このセッションは毎度のことですが、面白くて笑いが溢れます。とはいえ、私たちが日常やっている会話は、ほとんどすべて「共感でないもの」ばかりです。

たとえば以下の例が「共感でないもの」として挙げられます。

情報を集める:相手にあれこれ聞いて情報を集める。「前にも同じことがあった?」「いつから続いているの?」
一枚上手になる:問題が取るに足らないと思わせる話をする。「そんなのたいしたことないよ。私なんて・・・」
油を注ぐ:相手に同意し、問題に関して相手を焚き付ける。「そうだよね、あいつはまったく」「そう、それは絶対・・・」
感じさせない:相手が感じていることを否定する。「そんな風に感じないで・・」「状況はそんな悪くないって」
物語を語る:「そう言えば昔、自分が・・・」
アドバイスを与える:相手の問題を解決する自分のアイデアを伝える。「そういう場合はこうした方がいいと思うんだ」
評価・批判する:「あなたはとても・・・だ」「いったい、いつになったら学ぶの」
分析する:「私が君の問題をどう考えているか知っているかい?そもそもの問題は君が・・・」
同情する:「ああ、かわいそうに・・」「その気持ちはよくわかるよ」
命令(指図)する:相手にどうすべきか言う。「文句を言ってないで何か・・・」
教育する:理論で説得する、講義する。「そういう風に考えるのは本当に健康に良くないよ」
注意をそらす、避ける:相手が言ったことを冗談にしたり、相手の感情を避ける方法を見つける:「人生ってそんなもんだよ。さて、お昼ご飯は何だろう?」

そこで一人の参加者にボランティア(話し手)になってもらい、最近起きた誰かとのちょっとした問題、いざこざを話してもらいます。その話に対して、残りの参加者は自分が受け取ったカードの例にあてはまるような言葉をかけます。

話し手に、「共感ではない」反応を受け取ってどう感じたか、を話してもらいます。

一通り「共感ではない」返事を受け取った後は、「グロックカード」の出番です。グロックカードとはNVC独特のもので2セットあり、1セットが「気持ち」のカード、もう1セットが「ニーズ(欲求)」のカードです。これを使って、NVCが勧める「共感」的反応を練習します。

半分の参加者に「気持ち」カードを数枚ずつ、もう半分の参加者に「ニーズ」カードを数枚ずつ配ります。そしてもう一度、同じ話をしてもらい、その話から想像しうる気持ちのカードを持っている人は、そのカードを話し手の前に起きます。その気持ちにあてはまる(奥にある)ニーズのカードを持っている人は、その気持ちのカードの横にニーズのカードを置いていきます。

そのときにかける言葉は次のようになります。「(あなたは)悲しいですか」「それは尊重してほしいからですか?」

こうして、複数の気持ちとニーズのカードを置いてもらった後、話し手に「共感を寄せてもらうと(つまり、気持ちとニーズを想像してもらうと)どう感じましたか」と聞きます。

たいていの場合、共感ではない反応より、共感的な反応のほうが、「理解された」「よく聞いてもらえた」と感じるようです。

この後、ペアになって一人ずつ、最近起きた小さな問題を分かち合い、それに対して相手が「気持ち」と「ニーズ」を想像して、共感を与え合う練習します。だいたいこの辺まででイントロは終わります。

午後は参加者がリーダーになって、イントロを練習し、その後、フィードバックをする(具体的な観察をし、それについてどんな気持ちがして、それはどんなニーズが満足したか、を含める)ことを練習して、一日が終わりました。

これを書いている今は、もう午後10時です。朝から晩までびっしりNVCの学びと練習が続き、私の人生がより豊かになっています。日本に戻ったら、この体験を必要としている人たちに分かち合いたいです。


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2011/01/25

無事、アメリカ到着/NVC合宿に合流

母の告別式と初七日の法要を終えた足でそのまま羽田空港からサンフランシスコへ飛びました。

米国入国のときはまた別室に呼ばれました。「ああ、またか!」と一瞬思いましたが、今回は10分で面接は終わり、無事入国。これも天の計らいかもしれません。

空港からは公共交通がないので、民間のシャトル便を呼んで、カリストガの「Mountain Home Ranch」まで真っ暗の道を3時間半。「本当にこの道であっているのかしら?」と心細い思いで何度も運転手さんと道を聞いたり、探したりしながら、やっと到着しました。

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もう夜9時近くでしたが、非暴力コミュニケーションのセッションは続いていて、その部屋に入ると40名ぐらいの参加者から暖かく迎え入れられました。みんなが私の母のことを祈ってくれていたそうです。

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さて、私にとって初日、みんなにとっては3日目(24日)のワークは、まず自己共感(Self Empathy)から始まりました。まずは自分の気持ちとその奥にあるニーズにつながることが、NVCの第一歩であり、土台。いつも他人のことばかり気にしている人にとっては、難しい作業です。

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それからリクエストの練習。NVCを実際に日常で使うときに、リクエスト(お願い)とディマンド(命令)の違いについて明確に理解していることが大事です。相手の「NO」を受け取れない時、受け取ってもそれをジャッジ(判断)してしまうときは、リクエストではなくディマンド(命令)している証拠です。

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そして午後は「共感のグループ」の時間。この合宿中、4名のグループで互いに共感を与え合います。その後、共感を与え合うとことを先生に見てもらい、コーチングを受けました。

夕飯の後は、私の尊敬するジョアンナ・メイシーの「真実の曼荼羅」のワークを若いリーダーがリードし、恐れ・怒り・嘆き・喪失の感情に関するそれぞれの真実を吐露し、最後に希望を分かち合いました。私にとってはこのセッションが大事で、終わってからさらに1時間延長して曼荼羅に留まり、みんなの真実を聞き、自分の真実を分かち合いました。

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明日からはいよいよ、NVCの導入(イントロ)をリードする練習です。NVCを教えたり、分かち合えるようになるためのもっとも基本的技術を学び、練習します。

今日の午後の共感グループでは、母のことをたくさん聞いてもらえたので、ありがたかったです。このグループと一緒なら、どんな大変なことでも乗り越えられる気がします。

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2011/01/23

母の旅立ちを見送って

羽田空港の国際戦ターミナルでサンフランシスコ行きを待ちながら、これを書いています。

思えば3日前、ここで同じ便にまさに乗り込もうとしているとき、姉からの電話で呼び戻され、母の元へ駆けつけたのでした。

母は1月21日、入院していた越谷の十全病院で息を引取りました。75歳でした。脳梗塞をしたあとは話せないまま、最後は心不全を併発して亡くなりました。

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母の容態が急変した1月20日に、私は非暴力コミュニケーション(NVC)の一年間のリーダーシップトレーニングを受講するために夜中の便でサンフランシスコに発つことになっていました。

その日は第8回東京平和映画祭の実行委員会に出席してから空港に向かうつもりで、スーツケースを持って東京に向かっていたのです。そのとき姉から、母の容態が思わしくない、と電話が入り、そのまま病院へ向かいました。

病院に着くと、母は無意識の中、頭を左右に降り続けていました。まだ目は見えているようで、私が声をかけると反応があります。すでに血圧が下がり始めていたので、血圧を上げる薬を投与されており、呼吸は150〜60で苦しそうでした。私は母の足の裏の腎臓や心臓や肺のつぼをマッサージしましたが、そんなことが効くような状況ではありません。

私の乗る予定のフライトは出発が羽田、時間は真夜中過ぎだったので、出国に間に合うぎりぎりの午後8時半まで病院にいて、それから空港へ向かいました。空港で玄さんと合流し、無事出国手続きを済ませましたが、母のことが気になり、機内に乗り込まずロビーにいました。そして、ファイナルコール後の最後の乗客になろうとした瞬間、姉から電話があったのです。

「もう今晩が山場だと思うと医師から言われた。アメリカに行くかどうかはゆみが決めればいいけど、戻ってきた方がいいと思う」

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大きな決断でしたが、私はそこでアメリカ行きを断念し、玄さんを見送り、出国手続きを取り消しました。空港を出る頃にはもう真夜中を過ぎていて、越谷まで行ける電車はすでになく、北千住行きの深夜バスに乗り込みました。そこまで甥っ子に迎えに来てもらい、一路病院へと急ぎます。

病院に着いたのは午前1時半過ぎだったでしょうか。母はもう頭を振っていませんが、呼吸は相変わらず早く、目の焦点が合わずに宙をさまよっています。担当医の話では心臓がかなり弱っているので、持ち直すかどうかわからない、とのことでした。

病室には姉と私(母の子ども全員)、姉の夫、姉の3人の子どもたちが集まっていました。私は足の裏をマッサージしたり、腎臓を暖めたりしていましたが、少しずつ母の体が先の方から冷えていくのがわかりました。

やがてだんだん心臓の鼓動がゆっくりと弱くなっていって、子どもと孫が見守る中で静かに亡くなりました。1月21日、午前4時25分でした。

亡くなった直後は苦しそうな顔をしていたので、長い闘病生活は本当につらかったのだろう、と思いました。その後、看護婦さんが彼女の体から様々な装置や管を外し、院長先生が体をキレイにしてくれました。午前7時に母を病院から自宅に搬送し、生前、両親が眠っていた部屋に安置しました。

するとまもなく、彼女の表情が変化して、仏さまのように微笑んでいます。最後の苦しみから解放されたからなのか、最愛の父との再会を果たしたからなのか、それとも自然とそうなるものなのか。

ともかく、私は母の微笑む顔を見てなんとも安心したのです。母はもう苦しんでいない、と心から思えました。

その晩は父と母が最後に暮らした越谷の家で、母と同じ部屋で寝ました。翌日は午後2時に母がまだ元気だったときに暮らしていた板橋区の小豆沢ホールに搬送され、身近な家族だけで納棺しました。そしてお通夜は私と娘がホールに泊まり、今日、午後1時から家族だけの告別式、それから出棺して戸田斎場で荼毘に付し、初七日の法要まで無事終えました。

母のことでは、生前の母のことを知らない人からも、本当にたくさんの暖かいお言葉やアドバイスをいただきましたので、ここに報告させていただきます。どうもありがとうございました。

母が亡くなった日はなんと偶然にも父の誕生日でした。母にとって最愛の人だった父と、今はもう一緒になっていることでしょう。父の誕生日プレゼントとなって母はあちらの世界に旅立ったんだね、と家族の誰もがこの偶然をそのように解釈しました。

あの日、姉の電話があと数分遅かったら、私は機中の人となっており、母の最後に立ち会えませんでした。そして今、こうして彼女の旅立ちをきっちり見送り、3日遅れて渡米します。

もう母と会えないのは淋しいけれど、心は静かです。母はきっと、私が非暴力コミュニケーションを学ぶことを応援してくれると思います。

それでは、私も旅立ちです。

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