2008/11/18

マシューブック特別編『現代社会のスピリチュアルな真相』が届きました

今朝、マシューブック特別編『現代社会のスピリチュアルな真相』が届きました。

マシューブック特別編のJPG

ブルーの光を浴びた地球の美しい表紙で、300ページ弱で読みごたえがあり、価格も1500円(+税)と手頃です。今プロローグを読み終えたのですが、とてもポジティブなエネルギーが入ってきました。こんな本を出せてうれしいです^^!

発行日は2008年11月22日。『ローフード』ともども、同じ頃に書店にならびますので、探してみてください。

ローフードとマシューブック特別編のJPG

喜びと健康を広げたいので、わたしと玄さんのブログの読者のための特別販売をします(送料と、税金をサービス)。『現代社会のスピリチュアルな真相』と『ローフード』の2冊を合わせて3000円で全国どこへでもお届けいたします(3490円のところ、490円の割引となります)。

ご入用の方は郵便振替で「00110−1−144224 ハーモニクスライフセンター」に3000円をお振込みの上、通信欄に「2冊セット(ロー/マシュー)」と書いてください。

1冊ずつの場合は送料、税を含めた金額になりますので、送料を節約したい方はこのブログ内のアマゾンをご利用ください。

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ちば興銀 鴨川支店(620)普通1050297 ハーモニクスプロダクション
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さて、911事件の真相を国会で追求し、11月3日に行われた「911真相究明国際会議」でもすばらしい発言をした藤田幸久議員が、今回の田母神幕僚長のことでも鋭い質問をしました。
http://www2.y-fujita.com/cgi-bin/katsudou/20081106_2.php
日本の防衛省の幕僚長という方が「攻撃は最大の防御なり」という考えなのです。軍人としては当然の考え方なのかもしれませんが、それでは戦争を防ぐどころか自ら招いてしまいかねないのでは?「やられる前にやってしまえ」ですから。田母神さんはブッシュ政権の「先制攻撃ドクトリン」と同じ考えの方だったのですね。

「こんな人がトップだと、日本は戦争に巻き込まれていってしまう」と思いました。

戦争は勃発しません。戦争はつくられるのです。
「敵」さえもつくられます。
お金のかかる軍隊をみんなの税金で維持するためには、いつ攻めてくるかわからない恐ろしい敵が必要だから。

仕事として(報酬を得て)戦争を立案し、画策し、起こす人たちがいます。
そしていつの世にも戦争を必要としている人たちがいます。

市場拡大のため、資源確保のため、軍需産業が儲け続けるため、戦後復興で儲けるため、etc・・・。
思惑はいろいろですが、戦争を必要としている人たちは利害が一致していて、権力もお金もメディアも自由自在に操ります。

殺され、奪われ、一番被害を被るのはいつも一般市民、とくに低所得者たち。
戦争に行かされるのはアメリカでも貧困層と決まっています。
日本でも若い人たちに正規雇用がなく、貧困層をたくさん生む政策がとられているのは、戦争への準備かもしれない、って思うときがあります。

日本の「戦争中毒」もまだそうとう根深いですね。

高岩仁監督の『教えられなかった戦争』シリーズが今ほど必要なときはないでしょう。まだ観てない人、来年1月は「高岩監督追悼上映会」と「高岩監督ありがとう!映画祭」に足を運んでくださいね。上映作品はここに:
http://kikuchiyumi.blogspot.com/2008/11/blog-post_10.html
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p。s。

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7 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>攻撃は最大の防御なり

平和運動の観点から考えると非常に抵抗感がある言葉かもしれませんが、(即物的なアクションという事だけでなく)平和を保持する上で国防に携わる人間であれば当然頭の片隅に入れておかねばならない事です。

私はきくち様の平和を希求する勇敢な行動に深く敬意を払います。しかしながら、どうか軍隊=悪という単純な図式に陥らない事を切に祈ります。

軍隊組織は武力機関であり、どうした所で綺麗ごとでおさまる問題ではありませんが、軍隊とは民族の独立を尊厳を守る勇気と気高さの意思表示でもあるのです。

往年の歪曲された自虐史観は言うまでもなく、時として日本の平和運動が英霊の冒涜と化しているケースも多々あり、正直な所いわゆる平和運動に大きな懸念を抱かざるをえない部分もあります。

911事件の謀略疑惑に対する毅然とした行動をお取りになられているきくち様が、短絡的な極左主導の平和運動に取り込まれるのは大変悲しい事です(無論聡明なきくち様がそのような事になるとは思いませんが)。

どうか必要のない戦争を画策する邪悪なプロパガンダと軍隊そのものを混同されない事を願います。

駄文大変失礼致しました。菊池様のますますの御健闘を祈念申し上げます。

Yumi Kikuchi さんのコメント...

現状では残念ながらまだまだ軍隊(武力)によって秩序を保つことが必要な地球社会です。そして今軍隊組織にいる人が「攻撃は最大の防御」と考えるのは当然でしょう。

しかし日本はそれを選ばない、と世界にさきがけ、憲法で内外に宣言しています。攻撃は最大の防御であるなら、憲法を根本から変えなくてはいけないですね。

法治国家では、法律を守らない人は刑罰をうけますよね。日本の最高法規は憲法です。もし政治家や軍隊組織のトップが法律や憲法を守らなくても平気な国があったら、あなたは信用しますか?そういう国は、どうやって国際社会で信頼を勝ち取るのでしょう(おそらくまったく信頼されないでしょう)。

今回の田母神さんの言動は、現在アメリカのいいなりである日本(ということはご存知ですよね)に住むわたしたちにとって、危険きわまりないもので、とても見過ごすことはできません。

戦争で亡くなられた方に対して、わたしができる最大のことは、今起きている戦争を一日も早く終結させるためにベストを尽くし、未来の戦争防ぐためにできるかぎりのことをやる、ということです。これに尽きます。

20世紀に戦争で亡くなった(殺された、というほうが正しいです。戦争は一般市民が始めるのではなく、時の権力者が始めるのですから)方は2億人弱もいます。ハワイ大学のランメル教授(統計学)の「国家による死(Death by nations)」という論文は、そのうち1億7千万人(およそ85%)が一般市民であること、そして、さらに軍隊は他国民ではなく自国民を殺している場合が65%もあることを教えてくれます。

この事実から読み取れることは、軍隊とはその大義名分がなんであれ、国民を守る組織ではなくて、そのときどきの体制、国家権力を守る組織なのだ、ということです。

わたしはここで一人一人の軍人の人格や気高さのことを論じているのではありません。どんな国、組織、会社、学校でも善人もいれば悪人(なにが善でなにが悪かも一人一人の価値観で違うし)もいて、軍隊=悪、ということではありません。

ただ軍隊は(警察もそうですね)合法的に武器を持つ集団なのですから、ちょっとした過ちでも人のいのちを傷つけたり奪うことにつながりやすいのです。戦争は勃発なんてしません。用意周到に立案されるのですよ。戦争をするのは兵士たちかもしれませんが、戦争の決定をするのは時の権力者です。武器の殺傷能力がますます高まっている今、戦闘に巻き込まれて殺されるのはほとんどが一般市民です。なので軍のトップの方はその言動にはよほど注意しなくてはならないのは、あたりまえです。

もしあなたがまだ『テロリスとは誰?』をご覧になっていないなら、ぜひ入手して第3章のビルモイヤーの『影の政府』をご覧下さい(GPCストアで購入できます)。ビルモイヤーはこの中で、民主主義と軍隊組織というものは共存できるのか、という根源的な問いを発しています。この問いに対して、わたしは民主主義というものがあるとして(実は、いまだないと、思っています。より民主主義的な国はありますが。たとえばノルウェーでは警察が拳銃をもっていない)、武力で秩序や平和を守ろうとする存在は、やはりその内在する暴力性がゆえに、民主主義や人権尊重とは相容れない、と思っています。

とはいえ、まだまだ人間は他人の頭の上に平気で爆弾を落とせる野蛮人ですから、武器や軍隊が必要なくなるような人間社会が生まれるのは、まだまだ遠い未来のことでしょうね。でも、わたしは誰もが人を殺したり殺されたり、暴力で押さえつけるようなことが必要ない人間社会をつくるために、今できることを積み重ねていきたいです。

空き缶拾い さんのコメント...

ご無沙汰しております。
紛争を暴力で解決することは、一時的には解決しても結局新たな怨嗟を生み出すだけです。地球に軍隊組織は要りません。あらゆる扶桑はオバマの言うように、すべて「対話」により解決すべきと思います。すべての国が軍隊を持つことを止めれば、年間軍事予算1兆ドルを途上国の発展のために使って文明の不公平を是正できます。すべての国は軍隊の保持を、ゆくゆくは止めていくべきと思います。

アナーキーJ さんのコメント...

紛争の解決を最終的に武力にゆだねるというのは、国家間(戦争)に限らないと思うのですが、確かに戦争(国家間武力紛争)によって亡くなったり傷ついたりした方の数は、民族間・部族間・異人種間・異教徒間での武力抗争によって亡くなったり傷ついた方の数よりも膨大だとは思います。

小学生の頃に、「腕力で物事を解決する事(暴力)はいけない」と教わりました。
そして、今度は「言葉の暴力」もいけないと言われ、「大勢で少数を責める事(弱いものいじめ)もいけない」と習いました。
つまり、それでは何もかもがいけない事になってしまいます。

武力抗争は攻められた側が弱者で攻めた側が強者の事が多いので、後者が悪者とされる事が多いように思えます。
ただ、相手が応じなければ抗争になりませんから、双方に罪があると思うのです。

江戸幕府の許可の下で島津氏率いる薩摩藩が琉球侵略を行った際に、琉球政府が抗戦していなければ、琉球王国の主権は守られずに即座に土地・人民共に薩摩藩に没収されていた事だろうと思います。
しかし後年、全くの武力行使無しで琉球王国は日本国に吸収されてしまいます。
国家形式を持たないアイヌ・モシリと江戸政府は、武力抗争がほとんど有りませんでした(一部シャクシャインの戦いや、クナシリ・メナシの戦いなどはありましたが)
しかし、アイヌモシリは大量の移住者を送り込んだ江戸政府下の蝦夷地で一挙に少数民族の地位に置かれ、民族独自の文化・言語・宗教を政府(江戸政府)により剥奪(エスノサイド)されてしまいます。

チベット問題は、中国政府からの武力行使がありましたが、仮に武力が行使されなくとも、エスノサイドを含む民族・部族・宗教・思想による抗争を、力(経済力・政治力・圧倒的多数など)で封じ込める事はやはり『暴力』ではないだろうかと感じています。

これらの紛争が起きるのは、常に『守るべき何か』を持っている二者間で起きていると感じています。
自分にとって『守るべきもの』が、国家であったり、直系家族であったり、文化、宗教、信条、金銭、土地であったり様々だと思われますが、双方に守るべきものがあるからこそ、紛争になり最終的に武力行使に発展するのではないかと思っています。
人里離れた山の一軒家に住み、山賊が押し寄せた時に家も財産も家族も放棄して明け渡した場合は、武力紛争にはなり得ません。

国家があり、民族としての文化があり、言語があるから、人が自分自身を何かに所属させ、帰属意識によって抗争が生まれるように思えます。
日本国籍から米国籍へ帰化した私にはどちらの国家へも帰属意識が薄く一種のコウモリ状態になっていますが、逆にアメリカ国籍として日本で生まれ育った妻は、とても強い日本への帰属意識と日本人としての愛国心(生涯一度も日本人であった事はありません)があります。
国家があり、特異の文化・言語、異なる宗教があるからこそそれを守る為に紛争が起き、紛争の最終手段は武力行使というのは避けられないような気もします(経済制裁やエスノサイドが武力行使よりも正しいという考え方には全面的には同意しかねます。武力行使による紛争解決は、明治維新やフランス革命、奴隷解放南北戦争、独立戦争時にも行われています)

民主党・共和党・自民党・社会党・天理教・ユダヤ教・モルモン教・カソリック・イスラム教・ネイティブアメリカン・チベット族・米国・日本・琉球王国・アイヌモシリ・公家・武家・農民・労働組合・・・・・様々な団体への帰属意識を捨て、それぞれが個として振舞う事がまず第一歩になるような気がするのです。

財産、地位、文化、宗教、信条など・・・を、守ろうとするからこそ紛争になるわけで、それはスポーツでも常に帰属する団体がある(都市対抗、各国代表、学校)状態で戦っています。
攻撃が最大の防御として有効かどうかは、単なる手法の一つであり、戦い方の一つでしかないと思います。
守る側も攻める側も勝った側も負けた側もどちらも戦った事には違いないと思います。
問題は「戦ったかどうか?」であって「どうやって戦ったか?」ではないように思えるのです。
戦わない事は、無条件の撤退・権利放棄を意味し、他に守るものを持たず肉体(命)を最大の価値とするなら、戦わずして完全降伏・権利放棄もひとつのあるべき選択の姿ではないかと思えるのです。

Yumi Kikuchi さんのコメント...

アナーキーJさん、長いコメントありがとうございます。
直接のおこたえになるかわかりませんが、最近わたしが手渡された桜の写真のついたクリアファイルのことをお伝えしたくなりました。木村宥子さんという方がつくられたそのクリアファイルには日本国憲法第9条が日本語、英語、中国語、フランス語、スペイン語、韓国語で印刷されていました。

その中のお手紙にはこんなことが。

「どっからも攻められないために私たちは何ができる?それは、一人一人ができるだけたくさん自分以外の国の人と知り合うことだと私は思います。

私たちはいろいろなところで外国の人たちと出会います。知らない国への旅で、スポーツや音楽祭で、国際会議やビジネス、そして留学で。そんなとき、あなたの隣にいる人にこのファイルを手渡してみてください。

ここには戦争の放棄を定めた日本の憲法9条を記してあります。この中にあなたの名前を書いたネームカードをそっとはさんで。

きっとそこから思い出深い会話が始まるでしょう。そうやって知り合った友人のいる国に、あなたはミサイルをぶち込みたいと思いますか。きっと彼や彼女も、あなたとあなたの国に特別な親しみを持つでしょう。

これ以上の安全保障があるでしょうか。人類は戦争をしなくてもやっていけるはずです。軍事力ではなく、お互いに知り合い、お互いの公正と信義を信頼し合うことで、千層tの火種を消しあおうではありませんか。

そのためのきっかけになることを願って、
この9条ファイルをつくりました」

わたしの友人には改憲派も護憲派もいます。わたしは9条に関しては護憲派です。他の部分では変えたいところもあるので、改憲派ですね。木村さんは木村さんにできることをされているのがすばらしいと思い、紹介させていただきました。

子どものときから、わたしも世界中の国々に友だちをつくりたいと思っていて、今もそうしています。実際、世界の多くの国々に友だちがいます。そのことと安全保障を結びつけて考えたことはなかったですが、木村さんのいうとおり、他国の人々とよく知りあい仲良くすることが最高の安全保障かも、と思いました。

アナーキーJ さんのコメント...

きくちゆみさま、お返事ありがとうございます。
いくつものテーマを一つにまとめようとして逆にポイントを失ってしまったようで申し訳ありません。

過程をスキップした極端な結論として「戦争は帰属意識によって起きるのではないでしょうか?」という部分なのです。

イジメの延長として武力を使った側、イジメから身を守る為に武力を使った側、山賊から身を守る為に銃を使った側と家族を守る為に農家から野菜を盗んだ人とそれを捕えて殴った人・・・・。
前述したアメリカ南北戦争(奴隷解放戦争)、明治維新、フランス革命、近年日本では60年代学生運動・・・・
単純にどっちが先に刀(銃)を抜いたかという『武力』という線引きだけでは、戦争という大きな問題には対処できないような気もするのです。

仏教を守る為に僧兵が、キリスト教を守る為に十字軍が、社会主義・資本主義を守る為に朝鮮戦争やベトナム戦争(どちらも本来は内紛)で中国・ソ連・アメリカが代理戦争をし、現在くすぶっているGeorgiaとOssetiaの紛争やチベット民族と中国国家の紛争など、常に『日本と日本以外の国』という線引きや『イスラム教徒と異教徒』というような線引きがあり、自分のアイデンティティを何らかへの所属意識で認識し、自分が所属するグループを他から守る事が自己防衛であると意識する事で起きているような気がします。

日本人として、男として、女として、人間として・・・・という主張を聞く時に、常に日本人とそれ以外、男(女)とそれ以外、人間とそれ以外、というInとOutの帰属意識(常に円が描かれていてその線のこちらとあちら)が『無意識に』存在するように感じて仕方が無いのです。

国家・性別・人種・宗教などへの帰属意識を捨てると自分が所属するグループ自体が無くなるわけで、必然的にそれを(武力・経済・多数勢力などで)守ろうとする意識も消滅すると思うのです。

蛇足ですが、国家代表が競い合うオリンピックという式典に対しても大きな違和感を感じています。

Yumi Kikuchi さんのコメント...

「国家・性別・人種・宗教などへの帰属意識を捨てると自分が所属するグループ自体が無くなるわけで、必然的にそれを(武力・経済・多数勢力などで)守ろうとする意識も消滅すると思うのです。」は同感です。戦争を画策するのはトップエリートですが、エリートだけでは戦争はできません。必ず大衆が煽動され、戦争の担い手(実行者)になっていくのです。そのときに利用されるのがこのやっかいな「帰属意識」とやらでしょうね。みんなの帰属意識が「地球人」に拡大すると国家間の戦争はなくなるかも。

ところで、オリンピックとスポンサー企業の関係をつぶさに調べると、スポーツ界のどろどろがもっと見えてくるでしょう。わたしはオリンピックには興味がないのでみないです。テレビを観ているよりも楽しいこと、重要なことがたくさんあるので。みんなも観るのをやめてしまえば、なくなるのでは?プロスポーツも同様。(スポーツはやるのが好き)